全国高校ラグビーで4度の優勝を誇る京都の名門・伏見工は、学校統合により、今年4月に京都工学院に名称変更となりました。この秋には新チームで花園出場をかけた戦いが始まり、「泣き虫先生」として知られる山口良治総監督(75)の教え子達も同様に聖地を目指します。日刊スポーツでは、昨年末に「伝説の伏見工~泣き虫先生と不良生徒の絆」(6回)としてWEB連載し、計340万アクセスを記録する大ヒット作になりました。10月5日には「伏見工業伝説」(文芸春秋)として書籍化。取材にあたった益子浩一記者(5日、第1回)に続き、松本航記者が取材ノートから当時を振り返ります。

 

かつて日本の中心だった奈良・平城宮跡から真南へ約2キロ。奈良朱雀(すざく)高(奈良商、奈良工の統合で07年に開校)の広々としたグラウンドに、58歳の山本清悟(しんご)がいた。

「ちょっとベンチにでも座りますか」

花園へと続く奈良県予選を1カ月後に控える中、グラウンド際に案内された。「ちょっと待ってな」。木製の長いす2台についていた砂を使い古したタオルで払い、そこに腰掛けると、真面目な表情で切り出した。

「さらっと読んだけど、これ、うちの生徒に読ませるわ。平尾(誠二)の章をな。人の見えないところで努力するっていうのな、俺らも当時から聞いとったんや。それを知ってほしい。俺のところは『すっ飛ばせ』って言うとくわな」

最後にニヤリとほほを緩め「伏見工業伝説」のページをめくった。43年前、京都随一の繁華街「祇園」にあった弥栄(やさか)中(現開睛中)3年の山本は「京都一のワル」と呼ばれた。タバコ、マージャン、花札は朝飯前。パチンコで稼いだ金でスナックへと足を延ばし、大人の女性を両隣に座らせてカラオケに興じた。それでも伏見工で山口良治に出会い、その教えを40以上も歳の離れた高校生に伝え続けている。

奈良の高校ラグビーは長年、花園6度優勝の天理、準優勝3度の御所実の2強。微糖の缶コーヒーを片手に山本は「8年前は熱くなったな」と記憶をたどった。

2010年11月3日、天理親里競技場で行われた天理との準決勝は手に汗握る熱戦だった。試合終了間際に得点し、あと1トライで決勝進出だった。山本は常々、教え子に伝える。「必死にやってみい。中途半端にやれば、中途半端に終わるぞ」。勝ち負け以上に、仲間のために戦う姿勢を見て胸が熱くなった。泣かずにはいられなかった。

定年までは残り2年半。「年取って、情熱は薄れてきましたわ」。取材の度にそう言うが、生徒に向き合う姿勢は全く変わっていない。数週間前、大阪の私立校とスクラムを組み、ずるずると押された際も声を張り上げたという。

「お前ら、体の大きさで判断すんのか。同じ高校生やろ。気持ち1つちゃうんか」

8年前と同じく、天理とぶつかる可能性がある11月の奈良県予選に向け、山本は20数人の部員を見つめながら、言い切った。

「あと1カ月で、天理と同じ土俵に上がるチームにしたいわな。それは、ここの部分でな」

右手は、たくましい自らの胸に向けられていた。缶コーヒーを飲み干すと、翌日から始まる関東での修学旅行に引率する副顧問へ告げた。

「2年を頼んだぞ。体力が落ちんように、しっかり向こうで走るようにな」

「情熱が薄れてきた」というのは、失礼を承知で言うならば「口だけ」だ。

「俺なんかは恩師と出会って、助けてもらって、人で救われた人間やから。やっぱり助けてもらうには、一生懸命さとか、ひたむきな姿勢がすごく大事やと思うんや。ラグビーを通じて、社会に通用する人間を育てたい」

「弥栄の清悟」と呼ばれた時代のエピソードは、確かに「(ページを)すっ飛ばせ」と今の教え子に言いたくなるほどのものだ。だが、今回の取材で「掲載NG」は一部分もなかった。現役教師という立場ながら、世に全てをさらけ出した。「伏見の時の話なんて、生徒にしたことないねんで」。取材者として、言葉にならないほどの大きさ、温かさを感じた。同時に教育者としての強い意志を見た。

 山本の人生や、伏見工の教えが、今の時代に伝えるものとは何か。「スクール☆ウォーズ」でドラマ化された伝説から約40年が経過し、当時の山口の指導法は「時代遅れ」とも言われるようになった。生徒への伝え方こそ時代の流れに合わせて変化させているが、山本は青春時代に山口からかけられた印象深い言葉を、頃合いを見て生徒へと伝える。

「弥栄の清悟」として周りを震え上がらせ、自然と「京都一のワル」の肩書も得た。山口に促されて始めたラグビーでは、わずか1年半で高校日本代表に選ばれた。それでも、山本は何度も道を外しかけている。そこでなぜ周囲が支えてくれたのか。その答えを知るからこそ、一挙手一投足に迷いはない。

伏見工には、代々受け継がれてきた言葉がある。「信は力なり」。山口が残した5文字の価値は、100年、200年先の社会でも絶対に色あせない。(敬称略)【松本航】