広島戦を見て、巨人の各打者には工夫が足りないと感じた。残り28試合ある。ここからCSに向け、どれだけ幅が広いバッティングができるかで、ポストシーズンの行方は決まる。厳しいことを言うが、そこはよく考えてほしい。

床田に対し、変化球に合わせている打者が多い印象を受けたのだが、いざスイングを見ると、真っすぐを狙ったスイングに見えてしまう。具体的に言えば吉川、中山、リチャードにはそういう傾向を感じた。

技術が足りないのだろう。いつも同じ。真っすぐを待って強くフルスイングをする。そういうことが通用するのは、長いシーズンでもわずかな時だけだ。多くの場合は、いろんなスイングを身につけることで、その時々の状況に応じ引き出しの中から見合った技術を応用していく。

この試合で言うなら、浅野にはそういう意識が感じられた。特に第3打席のヒットは、真っすぐを待ちながら、変化球に対して左手1本で合わせて外野に運んでいる。言ってみれば、内野手の頭をポンと超える打球への意図が感じられた。

多少体勢が崩されても、タイミングがズレても、そこから粘ってミートする。そこにいろんな技術が詰まっている。ワンハンドでとらえた時、そこからヒットゾーンに飛ぶか、捕られるか、そこは結果だが、少なくとも当たったからこそ、何かが生まれる。そこで失敗したとしても、それは必ず先につながる。

バッティングは細かいところを追求した先に、いくつもの技術が生まれ、それが日々の相手投手との対戦の中で生かされる。この評論を読み「篠塚だからできたんだ」と思うようでは成長は厳しい。プロの打者は、数字を残さなければならない。時々爆発したとして、常時ある程度の数字を見せなければ、この世界は生き残れない。

遅いボールへの対応が乏しく、この日の巨人打線には怖さは感じられなかった。苦しい時にこそ、こういう打ち方もできるんだ、というものを見せることで、相手投手は脅威を感じ、より細心の注意を払うのだ。

床田に111球で完投を許してしまったのは、ひとえに巨人打線に工夫が足りなかったからだ。いろんな打ち方を身につける。この敗戦を、そのための礎にしなければ、ポストシーズンも苦しむだろう。(日刊スポーツ評論家)