科学的データの活用が野球に新たな進化をもたらしている。テクノロジーの発展によって球質や動作を瞬時に数値化し、米ワシントン州シアトルで誕生したトレーニング施設「ドライブライン・ベースボール」は先駆的存在として、選手のパフォーマンス向上を目指している。一方、日本では今年8月27日にネクストベース社が千葉県市川市にスポーツ科学R&Dセンター「ネクストベース・アスリートラボ」を開設。科学的データを用いた新たなアプローチにより、野球は今後どこへ向かっていくのか。

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今季、メジャーリーグ(MLB)のエンゼルスタジアムで電光掲示板に新たな“データ”が映し出された。投手では従来の球速や球種に加えてボールの変化量が瞬時に数値で表され、打者は打球速度や飛距離が表示されるようになった。サッカーワールドカップ(W杯)でVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が導入され、MLBのマンフレッド・コミッショナーは24年からロボット審判の導入も検討している。科学と野球の融合は、海外では加速度的に進んでいる。

甲子園球場に設置されたトラックマン(2021年3月撮影)
甲子園球場に設置されたトラックマン(2021年3月撮影)
阪神佐藤輝のトラックマンデータ(2021年7月撮影)
阪神佐藤輝のトラックマンデータ(2021年7月撮影)

最新技術を駆使し、パフォーマンスを解析するシステムはさまざまな形で活用されてきた。最も有名なのはデンマークのTRACKMAN社が開発した弾道測定器「トラックマン」だ。レーダーでボールの動きを感知する機器はメジャー各球場に設置され、15年にはMLBが独自のデータ分析システム「スタットキャスト」を開発。1球1球、細分化した情報は「Baseball Savant(ベースボール・サバント)」で公開され、科学的アプローチへの関心や活用が一気に進んだ。

MLBは20年からトラックマンに代わり、映像で多角的にボールと人の動きを追跡できる「ホークアイ」にシステムを完全移行。ソニー傘下のグループ会社が開発した技術で、投球や打撃内容の分析に加え、バットの軌道やフィールド上での動きなど選手の3次元骨格データを計測する。より広範囲なデータの取得や解析が可能になった。最近では「iPitch(アイピッチ)」と呼ばれる最新の投球マシンも登場し、対戦する投手の球質を完全再現。米ヤフースポーツによれば、22年シーズンでメジャー17球団が導入し、戦略面で有効活用されているようだ。

米シアトルに拠点を置く「ドライブライン・ベースボール」は、科学的データを活用して能力向上を目指す施設として先駆的に名を上げた。メジャー選手を始め日本人選手もシーズンオフに訪れ、最近ではエンゼルス大谷翔平投手(28)がトレーニング法を取り入れたことでも注目を浴びた。また、来季からエ軍は同施設でピッチングコーディネーターを務めていたビル・ヘゼル氏を投手コーチ補佐に抜てき。各球団でアナリストが重宝される流れになってきている。

“科学を野球に活用する”ことは米国が先行しているが、日本でも一気に追いつく可能性が出てきた。今年8月27日、スポーツテック企業のネクストベース社が千葉県市川市に「ネクストベース・アスリートラボ」を開設した。高性能の最新機器を設置し、正確性の高いデータ解析で選手や球団へアドバイスを行う施設は、民間企業で初。スポーツ科学者や大学院で学んだ有能なアナリストをそろえ、科学的データ活用の普及を目指している。【斎藤庸裕】

(つづく)

◆R&D Resarch&Development(リサーチ・アンド・デベロプメント)の略称。日本語の直訳では「研究開発」という意味で、研究を生かして企業が顧客へサービスを行うこと。