「あの時」の真弓明信はすさまじかった。日本一になった1985年。時の監督、吉田義男は迷うことなく、真弓を1番で起用。小細工なしの先頭打者に、ほとんど制約はなかった。「最初にガツンとやってくれればいい」。それで真弓の強烈なパンチ力が開花した。打率はゆうに3割を超え、ホームランは34本。こんな1番打者はこれまでになかった。異色の1番で、その長打率は6割。バース、掛布、岡田がクローズアップされたが、真弓こそがMVPとの声は多かった。

そんな真弓型1番を継承したのが18年後の今岡だった。監督の星野仙一はあえて足が速くない今岡を1番に固定。ホームランこそ真弓とは大きな開きだったが、打率は3割4分。首位打者に輝き、リーグ優勝の立役者になった。

そんな1番打者を本来の形に戻したのが2005年の監督、岡田彰布。今岡ではなく赤星を起用し、彼の安打率と盗塁にかけた。狙い通りに打率は3割クリア、盗塁は60個。赤星もリーグ優勝に大きく貢献した。

真弓型でなく赤星型を、岡田は1番打者の理想においている。矢野監督時代、3番を打つこともあった近本を昨年、1番から動かさなかった。途中、死球による離脱はあったものの、コンスタントな数字を残し、MVP候補にも挙がった。

岡田が近本をいかに信頼しているか。それは昨年の日本シリーズ直前の公式監督会見でのコメントにあった。「1回、近本がヒットで出る。そうなればウチは勝つ」。これが近本への期待感のすべてだった。

3月14日付のスポーツ紙に近本の記事が大きく扱われていた。3月13日、千葉でのロッテ戦で近本が大事なところで快打を放った。オープン戦の連敗記録を止める活躍。打線が低調な時も、近本は別格の安定感を示していた。これが岡田にとってどれほど心強いものだったか。

プロ入り後、打率3割を超えたのは1度だけ。さらに盗塁数も赤星とは、大きな差がある。赤星は3年連続で60盗塁をマーク。これに比べれば、近本の数字はまだ物足りない。そういう意味では今年は真の赤星超えのシーズン。本人も出塁率をさらに上げ、得点数を増やすことをかなり意識しているとのこと。この心持ちが尊い。すべてチームの勝ちに結び付くものだ。

昨年、岡田が提唱した四球を得る重要さ。近本はこれによって大きく変化したのは間違いない。どちらかといえば積極的に打ってでるタイプだったのが、ストライクを先行されても、打席であわてるそぶりを見せない。ドシッと構え、ストライク、ボールの見極めは的確。これで四球を多く取った。この打席での落ち着きはあとに続く打者にも影響を与えた。追い込まれることがつらくなくなったというか、中野、大山の四球数の増加は、近本効果。1番打者としての働きだった。

3・29、東京ドーム。1回表、巨人先発の戸郷から近本がいきなりのヒット。ベンチの岡田はサインを送る。2番中野は送りバント。まずは1点、先に取る。3、4、5番に託す。これが今年も阪神の形…。そういう光景が目に浮かぶ。【内匠宏幸】(敬称略)

本塁打を放つ真弓明信(1984年9月撮影)
本塁打を放つ真弓明信(1984年9月撮影)