語り継がれる日本シリーズは、ヤクルトが第6戦で延長12回の死闘を制し、幕を閉じた。田村藤夫氏(62)はMVPに輝いた中村悠平捕手(31)の受賞の報に触れ、捕手に対する評価をあらためて考えた。

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中村のMVPは、同じ捕手出身として誇りに思う。それと同時に、捕手のMVPの背景を、これをいい機会としてしっかり考えてみるべきだとも感じた。

中村が受賞した理由は、<1>打率3割1分8厘

<2>チーム防御率2・08

<3>全6試合フルイニング出場

こうしたことが考えられる。ただ、どれもデータとして根拠にはなり得るが、決定打とはいえないとも感じる。6試合のうち5試合が1点差勝負の緊迫した試合で、最後までマスクをかぶったことが非常に大きかったと私は感じるが、それは私の印象であって、選考委員の方々の考えを具体的にうかがえない以上、推測でしかない。

日本シリーズでMVPを獲得しているのは18年のソフトバンク甲斐、09年の巨人阿部、そして01年、97年のヤクルト古田、そして67年の巨人森さんとなる。この中で私が見てきた中では、阿部、古田は守備面はもちろんのこと、打撃面でも活躍した印象が強い。

捕手は守備の要という非常に重要なポジションでありながら、チームが勝つ、もしくは捕手が打った場合に高く評価されてきたように感じる。その中で18年の甲斐は6連続盗塁阻止で広島の機動力を封じ、日本シリーズ制覇に貢献した。この時の甲斐の打率は1割4分3厘、打点0。打撃でなく守備面で評価され、それが日本シリーズMVPにつながったのは意義のあることだった。

そして今回の中村の活躍を考える時、3割超の打率は素晴らしく、打点3もチーム最多タイ。しかし「その数字で獲得したとは言い切れないのでは」というのが私の率直な思いだ。捕手は、結果によってのみ評価される。この結果は先述したチームの勝敗と打率などのデータになるといえる。

勝てばナイスリード、どんな接戦でも見応えある試合でも、負ければ敗戦の一端を負う。これがずっと捕手が背負ってきた宿命といえた。

捕手を評価する目安が乏しいことが、これまでの捕手と野手、捕手と投手の比較をする時のデメリットになってきたと感じてきた。それはひとえに配球を含めたリードが評価しづらいかだろう。特に配球に正解はない。

投手は抑えればそのボールが正解になり、打者は決定打を放てばそのスイングに脚光が集まる。

しかし、配球について考えれば、抑えてもそれは投手の力量がクローズアップされるケースが多い。何が正解で、何が間違いか、結果論でしか論じることができないのが配球という難しさ。そしてこの難しさは常に捕手には付きまとってきた。

今回の受賞を、プロ野球ファンの皆さんに、捕手の評価をわかりやすく知ってもらういい機会にしていただきたいと感じている。例えば評論家はどの場面、どの配球が効果的だったか判断はつくだろうが、ファンの皆さんにはそうした部分は見えにくいだろう。しっかりした解説がなければ、よく分からなくても当然のことだ。

今回、私は評論という立場ではなく、いちプロ野球ファンとして試合を見ていた。印象に残ったのは第2戦。ヤクルトの高橋-中村バッテリーが9回裏、先頭打者吉田正に投じた初球だった。2点差はあったが、前日の試合も2点差を9回裏に追いつかれ、吉田正にサヨナラ打を許した。

守護神のマクガフが打たれ、この試合は高橋に何とか完投、完封を託したい局面だった。その中で迎えた強打者吉田正に対し、初球のサインは中村の構えからしてアウトコースへのストレートだった。その前の打席で吉田正はカーブを空振り三振。これが伏線になった。

ここからは私の推測になるが、初球の入り方が非常に難しい場面だった。そこで前の打席からの流れを考えた時、吉田正はカーブへの意識が高かったと想像できる。中村はこの吉田正の意識をどう逆手に取るか、そこから逆算した時、初球アウトコースへのストレートという選択になったのではないか。初球ストライクを取り、吉田正に対して大きな先手を取る、そういう意図を感じた。

高橋のストレートは甘く真ん中へ。結果として吉田正はど真ん中のストレートを見逃して0-1。中村はアウトコースを要求したが、吉田正が甘くなったストレートを見逃したことで、吉田正の狙い球はストレートではなかったと確信が持てたはずだ。

なぜなら、サイン通りにギリギリのアウトコースならば、吉田正はボールと判断して見逃すかもしれない。しかし、真ん中のストレートを見逃したことで、やはりカーブへの意識が高かったことが確認できたと想像できた。

この初球によって、9回裏の締めくくり方が中村には見えてきたと感じた。2球目はカットかスライダーでボール。カウント1-1。カーブを念頭に打席に入った吉田正は、初球ストレートを見逃したことで、狙い球をカーブからストレートに切り替える。

9回裏になっても高橋のストレートの威力はそれほど衰えていない。中村は3球目にストライクのストレートのサイン。狙い球をストレートに切り替えていた吉田正はスイングするが、まだわずかばかりにカーブが頭の片隅にあるため、ほんのわずかに捉えきれない。打球は遊撃へのハーフライナー。非常に大きな1死を奪うことに成功した。

私はこの初球の入り方こそ、このシリーズにおける重要な場面だったと感じる。あくまでも私の印象であって、その場面と中村MVPはまったく関係ない。ただ、初戦2点リードしながらマクガフで勝てなかったヤクルトからすれば、この2戦目の高橋の完封勝利は何勝分もの価値、大きさがあった。その意味で、この完封を成し遂げるため、先頭打者吉田正に対し前打席からの流れ、そして高橋の球威を把握した観察力を基に、見事な配球で支えた中村の働きは秀逸だった。

強打古田、強打阿部、こうした時代を代表する打てる捕手が最高の栄誉に浴するのは、捕手として素直にうれしい。そして甲斐が強肩で捕手への評価として新しいページを開いてくれたことも、忘れることのできない瞬間だった。

中村の受賞をひとつの契機に、捕手評価に対する議論への機運を高めていただきたい。選考を担当した方々にはチャンスがあれば、その選考理由をオープンにしてもらいたいと思う。今後、捕手評価へのヒントになるかもしれない。

私はファームリポートを続ける中で2軍の捕手を見てきた。2軍では9回までマスクをかぶるケースは1軍よりも少ない。試合の勝敗を左右するより難しい終盤をベンチで過ごすのは、チーム事情などからやむを得ないとも感じる。その中で、ぜひ試合の流れを変える1球をベンチからでもしっかり見てほしい。自分がマスクをかぶっていたらどうするのか、そこを突き詰めて考えてほしい。

捕手中村がMVPを獲得したことは、2軍の捕手にとっても励みになる。守りの要として投手を導き、勝利に貢献する。捕手が具体的な基準を基に評価される時代が来ると信じたい。

今回のシリーズが攻防の連続で、ファンの興味が尽きない素晴らしい戦いだったからこそ、そこで捕手がもっとも評価されたことに、心から敬意を表したい。(日刊スポーツ評論家)

日本シリーズMVPに選ばれインタビューに応えるヤクルト中村(2021年11月27日撮影)
日本シリーズMVPに選ばれインタビューに応えるヤクルト中村(2021年11月27日撮影)
日本一となり、涙を流しながらヤクルト村上(中央右)と互いをねぎらう中村(2021年11月27日撮影)
日本一となり、涙を流しながらヤクルト村上(中央右)と互いをねぎらう中村(2021年11月27日撮影)
日本一の喜びを語るヤクルト中村(2021年11月27日撮影)
日本一の喜びを語るヤクルト中村(2021年11月27日撮影)