<イースタン・リーグ:ヤクルト2-1西武>◇29日◇戸田

田村藤夫氏(62)がプロ22年目を迎えたヤクルト内川聖一内野手(39)の現状をリポートする。

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まだ早春の戸田球場は寒い。センバツが始まってからは、ずっと高校野球を見てきたが、この日は大会休養日となり、イースタン・リーグを見にきた。どんなメンバーでやっているのかな、と楽しみにしていると、内川が「3番一塁」で先発出場していた。

今年40歳になる。右のアベレージバッターとしては最強の部類に入る。中日のコーチ時代、横浜の村田と内川は強力だった。ソフトバンクに移籍してきてからは、コーチとして内川のバッティングを近くで見てきた。横浜時代に比べれば多少、力は衰えつつあったが、それでも不動のレギュラーとして、安定して打率を残していた。

バッターは力が衰えてくると、一気にチャンスも減ってくる。これは弱肉強食の世界だけに例外はない。内川といえども、出番は来ない。こうしてまだまだ底冷えのする戸田球場で、1軍へのチャンスをつかむために打席に入る姿を見ると、この世界の厳しさをまざまざと感じる。

西武の先発本田に対して、第1打席は外角143キロの真っすぐに差し込まれて一邪飛。第2打席は犠飛で打点1。第3打席は外角のカットボールかスライダーをバットの先で二ゴロ。第4打席は外角145キロの真っすぐを、いい感じでとらえたが、やや差し込まれた一ゴロだった。

第2打席の3回1死一塁の場面で、内川らしい対応力の高さがあった。カウント0-1から、2球目に入る前に一塁へのけん制が悪送球となり一気に三進。1死三塁となり、2球目のインコースからの緩いカーブを左翼へ犠飛とした。

けん制悪送球で状況が変わり、1死三塁ならば確実に1点がほしい。ここで、真っすぐ待ちで準備しつつ、インコースのカーブに反応し、確実に犠飛に仕留めたところが、いかにも内川らしい順応性を感じさせた。これが内川の強みになる。

試合後、偶然話す機会があった。「体は元気ですけどね」とにこやかだった。第4打席のいい当たりの一ゴロについて「惜しかったな」と話しを向けると「ちょっと…」と言って、その後の言葉はのみ込んだ。ちょっと自分のイメージ通りのスイングができなかったのか、反応がちょっと遅れたのか、そこは分からなかった。まだ自分の技術に妥協せずに向き合う気力は感じた。

いかに実績はあろうが、ここからはベテランにとって苦しい戦いになる。30代後半になれば、夏場を過ぎて2軍にいれば、身の振り方が気になってくる。内川ほどの打者でも、40歳に手が届こうかという年齢では、この肌寒い早春の時期から、生き残りをかけた戦いの真っただ中にある。

4打席立って、結果を出そうともがく姿には、若手選手と同じ必死さがにじんでいた。ここからはシンプルに試合で結果を出すしかない。1軍には、2軍からの推薦を受けて昇格する。その推薦を受けるには打つしかない。(日刊スポーツ評論家)