昨年、甲子園であった日本ハムとの交流戦に佐藤輝明は参加していない。2軍にいたのだ。

その24年5月28日に予定されていた初戦は悪天候で中止に。そのとき敵将・新庄剛志に聞いたのである。「佐藤輝、どうしたらいい?」と。

スターとして虎党の大きな期待を受けながら、思うように結果の出ない日々。そんな気持ちは現役時代、新庄もイヤというほど味わってきたはず。

「まあ、1年目のフォームというか。早くタイミングを取って、浜風に乗せて、左中間に飛球を上げるあの感じを取り戻すことじゃないですか」。新庄は、そう即答した。

さらに「まあ、ここの問題でしょ?」と左手で右胸をポン。メンタル面を指摘したのだ。さらに「話したこともないし、どんな感じなのかは分からない。でもね…。オレなら直せる!」と続けた。いかにもこの人らしい、と思ったものだ。

この日。佐藤輝は新庄の眼前で2発をたたき込んだ。日本ハム担当記者が囲む取材の輪の外から「佐藤輝はよみがえった?」と聞いてみた。こちらに気づいた新庄は「あ、こんちは!」と笑顔を見せた後、大いに語ったのである。

「打席に入る前も意識は腰から。ちょうど大谷(翔平)くんが打席に入る前のような意識の持ち方はしてるんじゃないかな。突っ込まなくなった。悪くなってくるとどうしても右方向へ(引っ張る)。今はセンターを意識して、左中間に放り込むようなイメージでスイングしてる。これを変えなかったらすごい成績を残すんじゃないかな」-。

新庄は佐藤輝が新人だった21年、日刊スポーツの企画で宜野座キャンプを視察。その際にも「1球のファウルで分かった。このコは逆方向にも放り込めるって。ボールへの“入り”がバリー・ボンズに似てますもん」と評価していたのだ。

阪神の看板選手から大リーグに挑戦した新庄。今も昔もスターだ。そんな男はこの日、佐藤輝に感謝もした。「あの(2本目の)本塁打のおかげで盛り上がりましたね。あの本塁打はデカい。あれで(田中)正義くんが緊張する1点差の場面で抑えるから自信にもつながるしね」。

22年からの新庄ハムとの対戦はこれで阪神の5勝6敗だ。さらに05年以降の交流戦でこのカードは36勝36敗1分けの五分となった。5日は最終戦。「次」があるなら日本シリーズだ。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)

日本ハム対阪神 8回表阪神2死一塁、中越え2点本塁打を放った佐藤輝明(左)を迎える森下翔太(撮影・前田充)
日本ハム対阪神 8回表阪神2死一塁、中越え2点本塁打を放った佐藤輝明(左)を迎える森下翔太(撮影・前田充)