山形では、今春13年ぶりの県4強に進出した山形商が、エース右腕秋葉駿一(3年)を中心に1962年(昭37)以来の甲子園出場を狙う。
新たな可能性を引き出してくれた恩師に、成長した姿を見せる。秋葉は「渋谷前監督が野球人生を変えてくれた。自分が投げて勝つことが恩返しになる」と決意を語った。2年春に遊撃手から投手へ転向。素質を見いだしたのは、昨夏まで山形商を率いた渋谷良弥前監督(70)だった。
秋葉が打撃投手を務める姿を見て、同氏は「制球が素晴らしかった。変化球でも簡単にストライクが取れていたからね」と野手兼任での投手転向を指示。日大山形、青森山田で通算22回甲子園に出場した名将が考える「投手不利なカウントから変化球でストライクが取れること」という好投手の条件を持っていたのが、秋葉だった。
野球人生で初めて背番号1を背負った今春、秋葉は山形大会で5試合中4試合に登板し4完投、1試合あたりの与四死球は平均1・25個。最速136キロの直球と決め球のスライダーを丁寧に低めに集め、抜群の安定感でチームを4強へ導いた。
しかし、新たな課題も見つかった。「直球の質を上げること。1、2回戦は空振りやファウルを取っていた直球が、準決勝からは通用しなかった」と痛感。春以降、重さ約3キロの砂が入ったボールで握力、指先の力を強化。ボールを強くはじき、強烈なバックスピンを掛けるためだ。
飛躍の春を経て、いよいよ集大成の夏。「目標は質の良い140キロの直球です」。さらに進化し、山形商を55年ぶりの甲子園に導くつもりだ。【林野智】
◆秋葉駿一(あきば・しゅんいち)1999年(平11)4月16日、山形・中山町生まれ。長崎小2年から中山ジュニアスポーツ少年団で野球を始め、内野手。中山中では山形中央リトルシニアに所属し、東北選抜。山形商では1年春からベンチ入り。171センチ、71キロ。右投げ左打ち。家族は両親、姉、妹、祖父母。
◆山形商 1918年(大7)に創立した市立高。野球部は翌19年創部。51年に山形女子商と統合し共学化。生徒数は841人(女子523人)。甲子園は夏1度(62年夏)。女子のバスケットボール、バレーボールなどは全国レベル。主な卒業生はバレーボールの佐藤澪、歌手で俳優の峯田和伸(銀杏BOYZ)ら。所在地は山形県山形市あかねケ丘1の9の1。井関滋夫校長。

