第95回全国高校野球選手権記念秋田大会(7月11日開幕)の組み合わせ抽選会が27日、秋田市内で行われた。秋田修英の鈴木公大主将(3年)は鈴木寿宝監督(49)の三男。父とともに悲願の1勝を挙げ、さらに憧れの甲子園を目指す。

 親子の夢をかなえる夏が幕を開ける。秋田修英・鈴木主将は「1戦1戦、全力でやりたい」と表情を引き締めた。1回戦の相手は羽後に決まった。練習試合では2戦2勝と分がいいが、相手は関係ない。「一緒に甲子園に行きたい」。父の鈴木監督と甲子園を目指す機会も、この夏が最後になる。

 父は延べ約15年、秋田経法大付(現明桜)の監督を務めた。甲子園には春3度、夏5度出場した。「夜遅くに帰ってきて、朝起きるといない」(鈴木)。キャッチボールを一緒にした記憶もほとんどないという。

 そんな父が3年前、秋田修英の監督に就任。当時は部員が2人しかおらず、夏の勝利は03年から遠ざかっていた。秋田シニアに所属していた中3の鈴木は悩んだ。次兄文也は秋田商で10年春のセンバツに出場。実績のある強豪校に進んだ方が、甲子園出場は近いと感じた時もある。

 でも、ついて行くと決めた。父が秋田経法大付選手時代、監督時代に甲子園で戦う姿は、DVDで見て脳裏に焼きついていた。「甲子園に8回も出ている。お父さんのところでやる」。鈴木監督は「人数もいないのに、うれしかったですよ。一緒に頑張ろうと思った」と進路を伝えられた時を振り返る。

 鈴木は1年から遊撃手で出場し、昨夏から捕手を任された。そして、選手時代の父と同様、主将になった。「学校生活では厳しいけど、家では優しい部分もある」。グラウンドを離れれば父と子に戻るが、今は勝利だけを追い求めている。

 96年夏。生まれて約4カ月半の鈴木は、母正子さんに抱きかかえられて甲子園を訪れている。甲子園で指揮を執る父を見るために。同じユニホームを着られるのも、今夏が最後になる。今度は応援席からではなく、あの黒土の上で一緒に野球をしたい。【今井恵太】

 ◆秋田修英

 1947年に杉沢洋裁研究所として創立され、59年に杉沢女子高と改称。90年から現校名。2011年からスポーツコース(野球、剣道)を設置。野球部は69年創部で、92年夏の県8強が最高成績。所在地は大仙市大曲須和町1の1の30。