16年前の2004年5月15日、9年ぶりに復帰したロッテのボビー・バレンタイン監督がファンに謝罪した。本拠地・千葉マリンでダイエーに0-21で大敗し2度目の6連敗を喫した。試合後、右翼席のファンにナインとともに頭を下げた。ロッテはこの年、0・5ゲーム差の4位に終わりプレーオフ進出を逃したが、翌05年、リーグ優勝し31年ぶりの日本一を達成した。

【復刻記事】

ロッテのボビー・バレンタイン監督(54)がファンに異例の謝罪を行った。ダイエー戦で21点を奪われた揚げ句に完封負けを喫した。6連敗で借金11も膨らみ、試合後に同監督以下、コーチ、選手がグラウンドに再登場。帽子を取ってスタンドのファンにわびた。同監督はまた、心労のため不眠症ぎみになっていることも告白。5月1勝11敗、連敗地獄に新生ロッテが苦しんでいる。

異例の光景だ。試合後、うなだれた選手たちが、続々とベンチからグラウンドに出てくる。するとバレンタイン監督を先頭に、帽子を取ってバックネット方向に一礼。さらに一塁側に頭を下げる。最後はレプリカ・ユニホームで真っ白に埋まった右翼スタンドへ、謝罪のおじぎを行った。観客席からは、ヤジと拍手の入り交じった、複雑な音が響いてきた。

「まず、見に来てくれたファンに感謝の気持ちを表そうと思ったんだ。そして、ここまでのふがいない成績について、謝りたかった」とバレンタイン監督。しかし顔を真っ赤にして、英語でののしり言葉を叫びながらベンチに引き揚げてきた姿からは、感謝や謝罪以上に、強烈な怒りが漂っていた。同監督は記者会見で「ここ数日、あまり眠れていないんだ」と告白。「選手もそれが原因で力が出せないわけじゃないとは思うけど」と心配そうな表情を見せた。

無理もない。12日の日本ハム戦(札幌ドーム)で2-20と大敗。わずか2試合後のこの日、今度は完封を許した揚げ句、大量21点を失った。「コメントのしようがありません。おそらく人生最多失点ではないでしょうか」という先発小宮山が、1回2/3を11失点で降板。1週間前に3年ぶりの復帰勝利を挙げた面影はどこにもなかった。打線はダイエー新垣に手も足も出なかった。最後は中6日で調整登板した守護神・小林雅が、プロ野球タイ記録となる1イニング3暴投で1点を献上するおまけまでついた。

これで泥沼の6連敗。5月12試合で1勝11敗と、チームは文字通りどん底にいる。小林雅は「登板間隔は関係ない。納得して投げてましたから。ああいうボールを投げる僕が悪い」と反省した。だが、もっと根本的な問題があると話すナインもいる。ある選手は「最近の試合はきん差ではなく、力負け。僕らの実力が足りないんじゃないかと疑心暗鬼になっちゃいますよね」と、精神面でのスランプを指摘した。

そんな雰囲気を感じてか、試合後、バレンタイン監督は、今日の試合から初回に守備に就く際のBGM変更を指示した。「もっと勢いのつく、アップテンポの曲に」と要請し、ヘビーメタル調の曲に変更することになりそうだ。左ふくらはぎのケガから復帰後、この日も二塁打を放つなど気を吐いている1番井上は「こんなことは恥ずかしいし、情けない。もうあとは気持ちだけですよね」と気丈に話した。右翼スタンドにかかげられた「目を覚ませ!」の横断幕が、まさにナインが求められていることなのかもしれない。

<ロッテファンは>

異例の謝罪に対し、ファンの目は厳しかった。試合後、球場周辺にいた複数のファンは「茶番をするな」と怒りをぶちまけた。前日も「しっかりしてくれっ」と球場正面で訴えたファンがいたが、この日はもっと辛らつ。「謝るより、試合に勝て」「やる気が見えない。明日は勝つ姿勢を見せてくれ」「グラウンドに出るなら、塁に出ろ!」などと批判の声が多かった。またインターネットの掲示板にも同様の書き込みが相次いだという。

<当日のロッテスタメン>

1(中)井上

2(二)浜名

3(一)福浦

4(右)ベニー

5(三)フランコ

6(指)佐藤

7(捕)橋本

8(左)大塚

9(遊)塀内

先発投手=小宮山

<主な監督謝罪>

◆日本ハム大沢監督 94年9月29日、ロッテとのホーム最終戦終了後、ファンへのあいさつで突然土下座。深々とマウンドの土に額をつけた。19年間も監督、球団フロントとしてかかわりながら、10年ぶりの最下位に沈んだことを謝罪した。

◆西武東尾監督 97年7月10日の近鉄戦で判定に不満を募らせ、試合後に審判に詰め寄り、暴力を振るった。退場を宣告された後、さらに審判の胸ぐらをつかむなどした。連盟から3試合出場停止を科され、選手、コーチ、フロントに謝った。

◆巨人長嶋監督 98年8月4日、広島戦に備えて東京ドーム入りする前に、理髪店で頭を五分刈りに。直前の甲子園でガルベスが審判員にボールを投げつけ、武上コーチが乱闘で出場停止になるなど、チームの相次ぐ不祥事に心を痛め、謝罪の気持ちを丸刈りで表現した。

※記録、表記は当時のもの