今だから取り上げたい試合がある。

長期連載「野球の国から」の中で、私的ベストの「THE GAME」を紹介している。「THE-」なんだけど…書くうちに頭の中が末広がりになったので、コラム欄を拝借した。

在宅勤務。ほこりをはたいて32冊のスコアブックをめくっていると、2007年(平19)9月26日の巨人-中日戦で手が止まった。巨人が初回の4失点を追い上げていき、逆に4点差をつけて押し切り、優勝に迫る。スコアとメモの端々から勝利の過程に潜む深謀が伝わってきて、閉じることができなくなった。

巨人は3回、連打で無死一、二塁とすると先発の高橋尚成をあきらめ、代打に木村拓也を起用。この回2点と下地を作り、2番手に野間口貴彦を送った。

「野間口?」。東京ドームがざわついた。4回も打線がつながり、8番脇谷亮太の適時打で1点差に。なお1死一、二塁で野間口に回った。「代打だな」。ネクストでは矢野謙次と大道典嘉が、中日先発の朝倉健太にタイミングを合わせ、素振りをしていた。

「9番、ピッチャー、野間口」。またも虚をつかれたドームは静かになった。野間口は送りバントを失敗。1点差のまま4回が終わった。テレビが抜く監督の原辰徳は、グラウンドをにらんで微動だにしなかった。かしわ手で送る姿も普段と同じ、むしろ自信に満ちているように見える。

中盤以降、巨人はじわじわと中日を詰めていく。5回、李承■の同点ソロ。6回、脇谷の勝ち越し2ラン。8回、高橋由伸の2ラン。抑えの上原浩治が8回から2イニングを抑え、残り2試合で絶対有利とした。

おしぼりで顔を拭いて息をついても、原は紅潮していた。「選手は見事。試合前のミーティングで『今日は待ちに待ったゲームだ。地に足をつけて戦ってくれ』と送り出した。こういうゲームをするために、我々は昨年の秋からスタートしている」。一拍おいて「ベンチの中で、誰を選択するのか。若い選手はいい経験をした」と勝因を加えた。

高橋尚は07年、最優秀防御率のタイトルを獲得している。立ち直る兆しを見せていた先発の軸を見切り「勢い、力で必ず圧倒できる」と揺れる中盤を野間口に託した。プロ初の完投勝ちから中3日の57球、4回無失点。4番にタイロン・ウッズが居座る打線を正面から封じた。脇谷もまた、1軍に定着した選手ではなかった。持ち前の思い切り、内角直球への強さを買って抜てき。フルカウントから朝倉の内角を仕留めた今季1号を導き出した。

落合博満の中日と、岡田彰布の阪神。しのぎを削り合った第2次原政権の前期、神髄が詰まった試合だ。日々の中から、キラリ光る奇貨を見逃さずに拾う眼力。劣勢の中でも果断に投入し、自分から仕掛けて潮目を作っていく覚悟。守りながらも攻める、攻撃型の攻防一体。主役である選手を鼓舞する言葉。責任は自分が負う。

今みんなが立ち向かっている、見えざる難敵に勝つためのヒントが、そのまま詰まっていないか。生活で訪れる局面に置き換えてみると、問題解決の筋道が見えてくる。もう少しで新たな野球の鐘が鳴る。その懐を探し出す楽しみがある。(敬称略)

※■=火ヘンに華