慶大・清原正吾内野手(4年=慶応)が12日、横浜市内の同校グラウンドで報道対応し、プロ志望届を提出したことを表明した。
プロ通算525本塁打の清原和博氏(57)の長男で、中学、高校と別のスポーツに取り組みながら、大学4年間でドラフト候補に台頭した。会見での質疑は以下の通り。
◇ ◇
-プロ志望届への決断
清原 昨日の夜、気持ちを込めてプロ志望届を書きました。そして今日の朝にマネジャーに渡させていただきました。
-決断に至った心境
清原 大学から野球を始めて4年間やってきてラストイヤーってところで、自分の中で「挑戦」と「覚悟」っていうところが一番大きいですし、あとはシンプルに父親である清原和博という背中を見てきて。やっぱり夢のある舞台ですし、今ここで挑戦できる環境に感謝しながら、最後の秋を経て、自分の人生の中で1番大きな決断をさせていただきました。
-父とはどんな話を
清原 不安要素だらけで、最初は悩んで寝られない日もあったんですけど、そこで自分の心の支えとなったのがやっぱり家族と監督で。両親、弟含め、僕の決断を最優先してくれたので、親として考えることっていうのは本当に多くあったと思うんですけど。何日も相談し合って、お互い熱くなる時もあったんですけど、最終的には僕の意見を尊重して支えてくれています。
-熱くなる日もあった
清原 自分も不安だらけだったので。やっぱり心の不安定なところがあって、そこでぶつかり合ったりもしましたし、詳しく話すことではないと思うんですけど、本音同士でぶつかり合って話し合った結果、このような結果になったと思います。
-父が一番プロの厳しさを知っている
清原 僕自身も小さい頃、現役時代で父親がプレーしてて、プロの厳しさっていうのは本当に分かっているつもりではありますし、そこは父親も本当に考えたんだと思います。プロの厳しさを一番わかってる父親と、それをずっと支えてきた母親っていうところで、本当にそこはそうですね、ほんとに考えたんじゃないでしょうか。
-少年時代に感じたプロ野球の厳しさは
清原 打てない日もあれば打てる日もある。そこでやっぱり気性の上げ下げっていうのは少なからずあったのは、僕も感じてきましたし、そこまでなる厳しい世界なんだなっていう風には実感していました。
-逆に少年時代に感じたプロ野球のすばらしさは
清原 父親がダイヤモンド1周する姿っていうのはほんとに華がありますし、僕もちっちゃい頃から見ていた景色だったんで、そこに対しての憧れというか、目標っていうのは常にありました。
-エスコンフィールドでの1発(8月31日、日本ハムとの交流戦)も進路選択への自信になったか
清原 エスコンフィールドっていう新しい球場でホームラン打てたことに関しては、自分の中でも特別の1本にはなりました。あの舞台で野球ができる幸せな環境というのは、ずっと小さい時から憧れを持っていた場所なので、強い意志に変わった一因なのかなと思います。



