西武滝沢夏央内野手(22)が、新潟出身選手の最多安打記録に並んだ。7回、それまで2打席凡退に抑えられていた日本ハム達から記念の一打を放った。カウント1-1からの3球目、138キロのフォークを捉え、鋭い打球で一、二塁間を破った。これで通算156安打となり、渡辺浩司(元日本ハム内野手、現楽天コーチ)の持つ、新潟県出身者のNPB最多安打記録に並んだ。滝沢はプロ5年目。21年の育成ドラフト2位で入団し、1年目の5月に支配下に昇格。昨年は自己最多の125試合に出場し、90安打をマーク。守備でも好守を連発し、昨季はゴールデングラブ賞の二塁手部門で得票2位だった。

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会う日をひそかな楽しみにしていた。滝沢が卒業した新潟・上越市の関根学園高と、私が卒業した高田西小は徒歩3分の距離。この時期、緑の風に乗って金属バットの甲高い反発音がよく聞こえてきた。「あそこからプロ野球選手が出たか」との感慨があった。

すぐ裏に、標高145メートルの金谷山がある。116年前、オーストリアのレルヒ少佐が日本軍にスキーを伝えた。晴れたら午前の授業を中止し、クラスみんなで板を担ぎ、関根学園の横を抜けて山を登った。同じ環境で育ったのだろう。滝沢も「僕たちの地域は授業とかでもあるので、スキーとかみんなできる感じでしたね。校庭に山、ありましたね」。発祥の地らしく生活の中にスキーがあった。

上越の雪は新潟でも特に湿気を含んで重く、踏み固められた雪上で野球をすることも許さない。野球は気候がいい時期のスポーツであり、特に外で打てない野手のプロ野球選手を生むような環境ではなかった。

4月23日。新人研修の引率でベルーナドームにお邪魔し、最後まで残って練習する滝沢にぶら下がることができた。並んで歩くとやはり背は低いが、筋肉が詰まった厚みを感じた。

「よく上越からここまで来ましたね」

「いやいや、たまたまです」

「ホント、すごいなぁ」

「いやいやいや、そんなことないですよ」

「たまには帰っていますか?」

「たまにじゃなくて、地元にはめっちゃ、帰っていますね。今年も3週間くらい帰りましたね」

特有の穏やかさと人なつこさをまとっていた。雰囲気だけではない。初対面で感じた身近さは、帰省のたび彼に触れる機会があったからだ。

創業74年のソウルフード「オーモリラーメン」の店先には、同郷のユーチューバー「HIKAKIN」とサイン色紙が並んでいる。地元局は夕方のニュースで野球教室の様子を放送し、地域紙「上越タイムス」の連載「なつおの挑戦」は35回を数える。しんしんと降るぼた雪は、小さな体に英気を蓄える大切な時間。

試合に出てヒットを打つことで、遠きにありて思うふるさとを身近にしてくれる滝沢。刻んだ156という数では計り知れない重みがある。【宮下敬至】