今年はあと3カ月あるが、ボクシングの今年の年間最高試合は決まりかもしれない。9月24日の日本人対決。V3を目指したWBO世界フライ級王者木村翔と3階級制覇をかけた田中恒成の一戦は、初回開始のゴングから最終回終了のゴングまで、目を離せない激しい打撃戦だった。

木村が攻め込むと田中が反撃し、田中が連打を打ち込むと木村も連打で応酬と、毎回両者の攻防が繰り返された。最終回には息をのむ見せ場もあった。ともに向き合って、呼吸を合わせて、右ストレートを打ち込んだ。しかも3回連続して。

記者が見て優劣が明確なラウンドは数回で、毎回のように採点に迷った。結果は田中が2-0で判定勝ち。木村は「こんなの初めて。中盤から見えなかった」と右目周囲を大きくはらせた。田中も右目周囲にアザも木村ほどでなく、採点に影響したかもしれない。

7回に木村がダウンを奪うもスリップと判断された。ダウンなら木村が2-1で勝ちだった。最終回は2人が木村優位も1人は田中優位。全員木村優位なら、1人が田中も2人は引き分けで防衛成功だった。青木ジムの有吉将之会長(44)は結果を受け入れつつ「最終回の採点は納得できない」と何度も繰り返した。木村は「紙一重。燃え尽きた」と言ったが、会長の悔しがった顔は忘れられない。

18歳で国際ジムに入門も1勝1敗で引退した。右目網膜剥離で3度手術を受けたが、今も視界は限られている。現役時に修行したタイで仕事していたが、元世界王者のレパード玉熊会長に誘われてトレーナーになった。初代青木敏郎会長が亡くなり、跡を継いだたつ夫人から人づてに誘われた。06年からマネジャー兼務で経営にあたり、09年には会長となった。

1945年(昭20)創設の名門ジムでは、アマ時代から指導した小関を女子世界王者に導き、歴代2位の17度防衛させた。東洋太平洋王者大久保も誕生。そして、木村がついに世界王座についた。国際ジムからは世界王者が3人出たが2人が1回防衛しただけ。孫弟子の岩佐も1回。木村は2回防衛で抜いたことが自慢になった。

木村はデビュー戦で1回KO負け。5連勝もすべて判定で、その後は連続引き分け。トレーナーがさじを投げると会長が引き継いだ。以前から「世界をとれる」との評価を周囲に話していたという。スパーでやられまくっていた相手に判定勝ちで一皮むけた。V3戦前まで12連勝で10KOまで鍛え上げてきた。

練習は昔ながらのスパーでの実戦中心だ。週36回スパーが基本で1日は12回をこなす。ジムでは1回3分30秒でインターバルは30秒。世界戦前のタイ合宿は1回4分でインターバルは45秒。12回なら48分。木村が「15回もできる昭和のボクサー」を自称する由縁だった。

木村は中3で地元の熊谷コサカジムに通い出し、ボクシングを始めた。高1で遊びに走り、23歳でプロを目指して上京した。そのジムからは工藤政志が世界王者になっている。会長は「今回勝てば同じ3回防衛に並べる」と言っていた。記録は残せなかったが、記憶には残るファイトを見せてくれた。

最近は大手ジム、アマ経験者が日本ボクシング界の中心となっている。その中で高田馬場の小さなジムからたたき上げで世界をつかんだ。中国で人気者になった個性派王者の陥落は惜しかった。

【河合香】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

WBO世界フライ級タイトルマッチ 12回を闘い終え、抱き合ってたたえ合う木村翔(右)と田中恒成(2018年9月24日撮影)
WBO世界フライ級タイトルマッチ 12回を闘い終え、抱き合ってたたえ合う木村翔(右)と田中恒成(2018年9月24日撮影)