新日本プロレス、全日本プロレスにも参戦経験のあるカナダ人のプロレスラー、サイレント・マクニー(本名ブライアン・マクニー)さんが死去した。有名プロモーターとなるスコット・ダモーレ氏が設立した専門サイト「メープルリーフ・プロ」で発表された。77歳だった。死因は明らかにされていない。生まれつき耳が聞こえない聴覚障害のため「サイレント(沈黙の戦士)」と呼ばれた。80年代にはWWF(現WWE)にも参戦していたレジェンドだった。
同専門サイトは「トロントのレジェンドとなる“サイレント”ブライアン・マクニーの訃報が届き悲しんでいる。マクニーは、70~80年代、トロントのファンの心をつかんだだけでなく、新日本プロレスと全日本プロレスの両方で戦うなど、世界中で注目を集めた存在でした。彼はまた、中部大西洋を含むNWAのさまざまな地域で働いていました」と功績を伝えながら、死去を報告した。
1948年9月10日、カナダのオンタリオ州ハミルトンで生まれたマクニーさんは71年にプロレスラーとしてデビュー。「サイレント・マクニー」のリングネームで78年に新日本プロレスで初来日。長州力、ストロング小林、藤原喜明らと対戦した。翌72年にも新日本のビッグファイト・シリーズに参戦した。さらに81年には謎のマスクマン「マスクド・X」のリングネームで全日本プロレスにも参戦。ジャイアント馬場、天龍源一郎、阿修羅原らとタッグマッチで対戦した。
その後にWWFへの参戦を果たし、86年7月まで試合出場していた。マクニーさんのキャリアには日本以外にも韓国などアジアを含めた海外団体に参戦しており、90年代後半までレスラーとして活動していた。
メープルリーフ・プロはサイト上で「驚くべきことに、ブライアン・マクニーは聴覚障害であるながら、世界で活躍し、WWFまで参戦するなどすべてを成し遂げ、聴覚障害が彼の足かせにならなかったことを証明した。彼はすべてを乗り越え、多くの人が達成できないことを成し遂げた」とたたえていた。

