日本相撲協会は31日、東京・両国国技館で大相撲名古屋場所(7月9日初日、ドルフィンズアリーナ)の番付編成会議を開き、十両昇進力士5人を発表した。28日まで行われた夏場所を、東幕下5枚目で5勝2敗だった勇磨(24=阿武松)は新十両昇進が決定。両国国技館で師匠の阿武松親方(元前頭大道)同席で会見し、開口一番「本当によかった。メチャクチャうれしい」と、声を弾ませ、満面の笑みを見せた。

これまでに左膝のけがで三段目から番付外まで、さらに幕下に上がった後も3度の左手首の手術で、なかなか番付を上げられなかった苦労人。特に左手は「左利きなんですが、はしを持つこともできなくなったので、両利きになりました」というほど、日常生活にも支障を来す大けがだった。

それでも先代の阿武松親方(元関脇益荒雄)や現在の師匠らによる、粘り強い指導で徐々に番付を上げていった。この日は、先代の阿武松親方が退職した19年に、もらっていたえんじ色の着物で会見。「新品のままずっと着ていなかった。ようやく着る機会ができた。本当にいい色」と、大事に保管しており、晴れの日に感謝の意を示した。また現師匠からは「本当に無理するなよ。無理な時は『無理』とはっきり言えよ」と、常々気に懸けてもらうなど、親身になって指導してもらった。番数を多くこなせない時は、四股やすり足など、基礎を繰り返し、力を蓄えてきた。

女手一つで兄勇吹(いぶき)さん、弟で元阿武松部屋力士だった勇聖さんとの、3兄弟を育ててくれた、大阪・枚方市に住む母操絵(みさえ)さんへの感謝の思いも尽きない。「母には1番最初に(昇進したことを)連絡しました。母は『おめでとう』と『よかった』を、延々と繰り返していました」と、笑顔で冗談交じりに話した。続けて「これからが恩返し。みんなが喜んでくれるのが1番うれしい。頑張ってよかったなと思う」と、しみじみと話した。

昨年9月の秋場所では、大関経験者の朝乃山を破った経験もある。6場所の出場停止から明け2場所目の朝乃山が、復帰後初黒星を喫したのが勇磨だった。勇磨も「あの白星で勢いに乗った」と、何よりも自信がついた。徐々に増やしてきた体重は現在128キロ。「立ち合いの圧力がついて、押されても残せる。前にも出られる」と、確かな手応えもある。初めて経験する15日間連続の取組に「大変だとは思うけど楽しみ。自分の取組を見て、元気が出るような相撲を取りたい」。苦労を重ねてきた分、この日の着物のように、鮮烈な関取デビューを目指している。【高田文太】