前日21日の理事会で現役引退と年寄襲名が承認された、元前頭千代の国の佐ノ山親方(33)が一夜明けた22日、名古屋場所会場のドルフィンズアリーナで、引退会見に臨んだ。今後は、九重部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる。会見には師匠の九重親方(元大関千代大海)も同席した。

千代の国は両膝のケガのため、西十両9枚目だった夏場所10日目から休場。今場所は西幕下5枚目に降格していた。名古屋場所はご当所で、十両優勝経験もある「すごく縁起のいい場所だった」と話すものの「去年の春場所(の負け越し)で幕内から陥落して膝の状態がだいぶ悪くなり、思うような相撲が全く取れなくなった。精いっぱい、やれることはやりましたが、気持ちと体の限界がきて決意しました。地元の名古屋なので(引退の)タイミングなのかな」と、今場所中での引退に至った。

17年間の現役生活はケガとの闘いでもあった。三役も目前だったが「未練と言えば三役に上がれなかったことに心残りはありますが、やり切ったので後悔はありません」と話した。そんな自分を支えてくれたのは周囲の関係者。「2度の幕内からの陥落あり、そのたびに周りの方々に励まされ、奮い立たせてもらった。17年間、本当にありがとうございました。常に温かいまなざしで…」と話したところで、我慢していたものをこらえきれず涙腺が決壊。言葉にならない声を発しながら、何度も「ありがとうございました」の言葉で懸命につないだ。

思い出の一番には、17年夏場所2日目の横綱鶴竜から奪った、唯一の金星を挙げた。土俵狭しと激しく動き回る千代の国らしい相撲で、鶴竜を突き落とした一番に「本当に光栄なことで鳥肌が立ちました。本当にやってやった、という気持ちで頭の中が冷静でなかった」と振り返った。

入門時の師匠だった先代九重親方(元横綱千代の富士)からもらった言葉も、現役生活を長く続けられた要因だった。「1回目に(幕内から)落ちた時に『酒を止めて相撲のことだけを考えろ』という言葉をいただいて10年間、酒を断ちました。今日まで来れたのは(先代)師匠のおかげです」と、しみじみと話した。現師匠からも2度目の陥落時に言葉をもらい「本当に前向きになれました」と感謝した。

気合を入れるあまり、支度部屋で気絶することもあった熱血漢。その土俵は「自分の居場所。パワーも土俵からもらいました。自分のパワースポットです」と独特の表現で説明した。そんな愛弟子の姿に、師匠の九重親方は、入門時のことを述懐した。「小学4年生から体験入門で部屋に遊びにきてからの付き合い。わんぱくで心は素直、気持ちは熱く好奇心も強かった。運動神経も抜群で、この子はすぐに強くなる、ものになると思いました」。引退に際しては、稽古での様子などから「限界なのでは」と2度、それとなく声をかけたが、本人の「まだ気力は残っているのでやらせてください」の言葉で、本人の気持ちで進退の決断はゆだねた。それでも「心の準備はしていた」と九重親方。今後については「先代の教えでもあった不撓(ふとう)不屈の精神力。次のステージに向け、ひたすら努力する姿は裏方を含め部屋全体に見せてもらった。この姿勢は新たな九重部屋の指導法につながる。自分の相撲哲学と感性を、うまく伝えられるでしょう。17年間(で培った)のスキルを余すところなく伝えてほしい」と期待した。

4歳上の兄で、幕下力士だった沢田賢澄(36)は現在、俳優として活躍中。Netflix(ネットフリックス)が配信している角界を描いた「サンクチュアリ-聖域-」のオーディションに受かり、猿谷役で好評を博した。猿谷は、関取復活を目指す元小結という設定。もちろん、佐ノ山親方も視聴したそうで「ちょうど見たときが5月場所前で最終回。引退するシーンでした。自分は、こうならなければいいな、と思って見ていました」と少しばかり笑みを浮かべていた。その現実に、自分も直面してしまったが、17年間の土俵人生には、一抹の悔いもないようだった。