田中絹代の遺作となった「サンダカン八番娼館」(熊井啓監督、74年)は忘れられない1本だ。戦後、九州・天草で暮らす「からゆきさん」が語るボルネオ娼館の回想は、戦時中のタブーをひりひりとあぶり出した。

 台湾映画「軍中楽園」(5月公開)の舞台は69年。特約茶屋と呼ばれたこちらの娼館は74年まで続いたというから、「サンダカン-」の公開年までかぶる遠くない過去の物語である。

 中台間の緊張の中、大陸から1・8キロの金門島に配属された青年兵ルオは精鋭部隊の訓練に参加するが、カナヅチであることが発覚。特約茶屋を管理する831部隊に配属される。

 そこで働く女性たちはさまざまな事情を抱えていた。ベテラン兵を手玉に取る小悪魔、先輩兵のいじめに耐えかねた青年兵と駆け落ちする純情娘、そしてルオがいつの間にか思いを寄せる気品漂うニーニーには拭い切れない過去があった。

 歴史を抉った社会派作品「サンダカン-」に対し、この作品は時代に翻弄(ほんろう)された男女の悲恋に色濃くスポットを当てている。大陸から砲弾の届く距離にある刹那感、その大陸に故郷を持つ兵士たちの思いも複雑だ。

 監督、脚本のニウ・チェンザーには「モンガに散る」(10年)という傑作がある。そこでは裏社会の間近で育った青年たちの心理が克明に描写された。今作でも主人公の青年兵ルオの希望や挫折、恋情が、「モンガ-」に続いて主演したイーサン・ルアンの表情にきめ細かく投影される。若者特有の熱い思い、歯がゆさが痛いほど伝わってくる。

 ニーニー役のレジーナ・ワンは気品の奥から色気があふれるような好演。純情な青年兵がニーニーにひかれ、「過去」を抱えた彼女が汚れのないルオの心に癒やされるのも自然な流れに見える。男が「一人前」になる過程がスッと心に染みる。ありふれた題材のはずが不思議なほど新鮮だ。心理描写が巧みだからだろう。

 ニーニーはギターを手に「帰らざる河」をちょっと巻き舌で歌う。あの映画のマリリン・モンローのせつなさが重なって何ともいえない気持ちになる。チェンザー監督の選曲にうなる。

 焼けるような屋外の陽光と、薄暗い娼館内で人々の表情を照らす採光。1年に1度しか咲かないと言われる月下美人の花を草原に浮かび上がらせる月の光…。

 歴史的題材をやや情緒に流しすぎたきらいはあるが、この光の操りぶりが監督の一番の持ち味かもしれない。【相原斎】