ジャン=リュック・ゴダール監督(87)は言わずと知れた仏ヌーヴェルヴァーグの旗手であり、20代で発表した「勝手にしやがれ」(59年)で一躍世界に注目された天才肌の人だ。

 17歳下の2度目の妻アンヌ・ヴィアゼムスキーの視点で描かれた「グッバイ・ゴダール!」(7月13日公開)では、そんな彼の「三枚目的素顔」が面白い。

 舞台は5月革命が起こる68年のパリ。すでに超が付く有名人で、映画ファンの尊敬を一身に集めていたゴダールは、19歳の大学生アンヌにとってはまぶしい存在だ。それでも、彼の新作「中国女」の主演女優に起用されてからはパートナーシップのようなものも生まれ、地位や年齢にこだわらないゴダールらしさが浮かび上がる。

 一方で、「中国女」は毛沢東主義をベースにした政治色が極端に強い作品であり、評判は芳しくない。5月革命の機運が高まると、ゴダールはますます政治に傾倒し、自らの名を捨てて「ジガ・ヴェルトフ集団」としての映画製作を始める。

 「おかしくなっていくゴダール」が、この映画の見どころであり、アンヌの自伝的小説「それからの彼女」を原作とした描写は、存命の巨匠をここまで丸裸にしていいのか、と思うくらい容赦ない。

 デモの騒乱に巻き込まれ、外れたメガネを踏みつぶされて途方に暮れるゴダール。同様のシーンは2度繰り返され、眼鏡店で作り直すカットも毎回おまけについて、お約束のギャグのような顛末(てんまつ)となる。

 政治集会では、周囲にうながされて独自の論を張ったものの、無名の若者の反論に言葉を失い、そそくさと会場を去るひと幕もある。友人のベルナルド・ベルトルッチ監督に招かれたローマの映画会議では、彼との討論がののしり合いに発展、絶縁に至ってしまう。

 アンヌのあぜんとした顔が、ゴダールの面白まじめぶりを引き立てる。ウディ・アレンが自ら出演した初期のコメディー作品のような空気に思わず笑ってしまう。6年前、カンヌからアカデミー賞まで話題をさらった「アーティスト」のミシェル・アザナビシウス監督ならではの間合いである。

 父フィリップ・ガレル監督の作品で子役からもまれたルイ・ガレルのなりきりぶりと、モデル出身のステーシー・マーティンのみずみずしさが、ゴダールとアンヌのコントラストに重なる。2人そろって気持ちのいい脱ぎっぷりで、巨匠と若妻の私生活をさらっと再現する。

 寄ると触ると政治に熱くなり、論を張るゴダールに異様さを感じる人もいるかもしれない。若い人にはコミカルに映るだろう。60、70年代に物心が付いていた世代にはむしろリアルな描写である。そんな時代だったのだ。世代によってコミカル-シリアスの受け止め方に差が出るのもこの作品の特徴かもしれない。【相原斎】

「グッバイ・ゴダール!」の1場面(C)LES COMPAGNONS DU CINEMA-LA CLASSE AMERICAINE-STUDIOCANAL-FRANCE 3.
「グッバイ・ゴダール!」の1場面(C)LES COMPAGNONS DU CINEMA-LA CLASSE AMERICAINE-STUDIOCANAL-FRANCE 3.