ハリウッドで今年起きた最大のニュースと言えば、3月に行われたアカデミー賞授賞式でのウィル・スミスのビンタ事件でしょう。「ドリームプラン」で主演男優賞にノミネートされていたスミスが、妻で女優のジェイダ・ピンケット・スミスの容姿をジョークのネタにしたコメディアンのクリス・ロックに激高して平手打ちしたあの事件は、世界中に生中継され、大きな波紋を呼びました。ハリウッドのみならず世界中に衝撃を与えた授賞式から8カ月、スミスが再び表舞台に帰ってきました。

「ドリームプラン」以来となる主演作「自由への道」が、9日からApple TV+で配信が始まるのを前に先週、レッドカーペット復帰を果たしました。ロサンゼルスで行われたプレミア上映会には、ピンケット・スミスと3人の子供たちも参加し、一家総出で事件後初となる表舞台への復帰をサポート。5人並んでの写真撮影にも応じるなど、事件後も変わらぬ家族の絆を示していました。

ウィル・スミス(19年5月撮影)
ウィル・スミス(19年5月撮影)

レッドカーペットに登場する前には、事件後初となるテレビ番組への出演も果たし、「結局のところキレてしまった」などと当時について振り返る場面もありました。また、FOXテレビのインタビューでは、自身の新作映画を見る心の準備ができていない人の気持ちを理解しているとも語り、「その気持ちを間違いなく、尊重します。スペースをあげたいと思っています」ともコメント。一方で、自身に対する批判よりも、製作チームや作品への影響を心配していることも明かしています。

「自由への道」は、01年に「トレーニング デイ」でデンゼル・ワシントンにアカデミー賞主演男優賞をもたらしたアントワーン・フークア監督がメガホンを取り、1800年代の米南部を舞台に奴隷から逃れた黒人の実話を基にした物語。スミスは自ら製作も手掛け、奴隷解放宣言を知って仲間と共に脱走する主人公を熱演しています。

14年には1841年に誘拐されて奴隷として売られた黒人男性による奴隷体験記を映画化した「それでも夜は明ける」が作品賞、脚色賞、助演女優賞の3冠に輝いており、本作も本来ならアカデミー賞候補になってもおかしくない作品。タイラー・ペリーやデイヴ・シャペル、リアーナら黒人エンターテイメント界の大物らを招いて行われた非公開の上映会では、好評を博したことが伝えられており、スミスの演技はノミネートに値するとも評する評論家もいます。

もしかしたらノミネートされる可能性があるかもしれないと期待する声もありますが、ロックを平手打ちした直後に主演男優賞を受賞し、登壇して涙ながらにオスカー像を受け取るという前代未聞の出来事は、世論の反応を読み誤ったスミス本人と主催者のミスだと指摘されたことを考えると、翌年に再びノミネートされることは難しいかもしれません。

受賞スピーチでロックへの謝罪がなかったことで批判を浴びたスミスですが、会場からすぐに退場させなかったアカデミーの責任も問われており、本人が出演せずとも翌年の授賞式で候補者として名前や映像が映し出されることに抵抗感を示す人もいるでしょう。会員資格を持つ俳優の中には「時期尚早」との声もあるといい、結局のところは「スミスの行為を許せるか、許せないか」ということが、ポイントなのかもしれません。

スミスは事件の責任を取って自らアカデミー会員を辞任し、主催する映画芸術科学アカデミーも今後10年間の授賞式を含むアカデミー関連のイベントへの出禁処分を下しています。しかし、ノミネート資格ははく奪されておらず、ノミネート並びに受賞への制限はありません。つまり、授賞式には出席できませんが、投票するアカデミー会員が純粋にスミスの演技を評価すれば候補入りすることは可能です。

スミスは事件後、出演が決まっていた作品の撮影が中止されていますが、本作は授賞式以前に撮影を終えており、あとは公開を待つのみの状態でした。事件の影響を考慮し、ほとぼりが冷めるまで公開を延期するとの見方が強く、年内の公開はないと見られていましたが、賞レースに合わせて2日に一部の地域で劇場公開され、9日からの配信も決まり、業界を驚かせています。

2023年のアカデミー賞ノミネーション発表は来年1月24日、授賞式は3月13日に開催されます。ノミネーション発表まで2カ月弱、スミスにとっても作品にとっても厳しいプロモーション活動が続きそうです。【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)