27日朝、沈痛な声で電話があった。「公演の中止が決まりました」。4月3日から7日まで東京・大山のpit昴で上演を予定した劇団昴ザ・サード・ステージ「プカプカ漂流記」のプロデューサーだった。「プカプカ」は昨年亡くなった中島淳彦氏の作品で、俳優の北村総一朗(84)が演出を手がけていた。

観客に高齢者が多いこと、劇場が地下で十分な換気ができないこともあって、今回は中止し、10月に延期する。北村はブログで「ぎりぎりまで上演出来るよう知恵を絞り、対応策を考えながら、一縷(いちる)の希みにすがり、ウイルス相手に獅子奮迅、戦いを挑んでみたものの、向かえど向かえど敵は怯まず、とうとう刀折れ矢尽きると言う、悔しい結果になってしまいました」とし、「半面はホッとしてます。お客様には、感染予防と安全を確保出来たのですから。不安の中、最後の最後まで不満ひとつ言わず、私とともに七転八倒、稽古を続けて来た、女優陣とスタッフの諸君には感謝しかありません」。

東宝、松竹の大手興行会社から新劇の劇団、児童劇団などの公演が相次いでいる。大手も億単位の損害に打撃となっているが、小さな劇団は存亡の危機と言っていいだろう。新劇の劇団や児童劇団は地方公演、学校公演が大きな収入源になっているが、それがことごとく中止となった。赤字を抱え、劇団員へのギャラ支給もままならない状況だ。

日本劇団評議会は、安倍首相宛てに「劇団等の芸術団体の経済的負担について、一定額の支援ならびに無利子無担保の簡便な資金融資を行うこと」「演劇従事者の圧倒的多数がフリーランス、個人事業主であることに鑑み、この間の仕事の喪失状況に対する一定額の補償を行うこと」との要望書を提出。西田敏行が理事長を務める日本俳優連合も要望書で「生活に困窮する事態が見えています」「雇用・非雇用の別のない対応で、文化と芸能界を支える俳優へ配慮下さいますよう要望いたします」と訴えた。

しかし、そんな訴えに、ネット上では「大変なのは俳優だけじゃないから」と冷ややかな声もある。野田秀樹氏が「演劇の死」とした意見書にも反発が出た状況では、当然の反応かもしれない。これら要望書に加え、超党派の国会議員による文化芸術振興議員連盟もアーティストらへの救済策を求める決議を萩生田文部科学大臣に提出しているが、今のところ国側からの回答はない。一方、英国ではアーティストに対し休業補償を行うという。

その中、3月27日の朝日新聞に掲載された哲学者鷲田清一氏のコラム「折々のことば」で、ドイツの文化メディア担当相の「私は彼らを見棄てない」という言葉が紹介された。3月11日付政府公報に掲載されたもので、「文化は時代が好調な時にだけ許されるぜいたく品ではない。それを欠く生活がいかに味気ないかを、私たちは今、目のあたりにしている」と発言し、この苦境への対応と補償に取り組むという。芸術にかかわる人間にとって、こんなに心強い発言はないだろう。日本、安倍政権の閣僚の発言ではないことに、ちょっと悲しくなってくる。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)