神田沙也加さんの舞台は04年のミュージカル「INTO THE WOOD」から見ている。これが初舞台だった。17歳の神田さんが演じたのは、赤ずきん。童話ではおおかみにだまされるけれど、この舞台ではおばあちゃんへのお土産のパンをも途中で食べたり、おおかみの存在にいち早く気が付くなど、ちょっとしたたかで、元気いっぱいの女の子だった。

舞台を見る前は、「松田聖子の娘」という先入観があって、斜に構えて見ていたように思うけれど、神田さんの赤ずきんになりきったストレートな演技に「楽しみなミュージカル女優が出てきたな」という素直な感想に変わった。演出した宮本亞門氏によると、当時の神田さんは「本物になりたい」と言っていたそうだが、そんな真摯(しんし)な熱い思いが客席にも伝わってきた。

07年のアンドリュー・ロイド=ウェバ-作品「ウーマン・イン・ホワイト」、09年「レ・ミゼラブル」のコゼット、10年「ファンタスティックス」のルイザと、名作ミュージカルで着実にステップアップしてきた。14年のディズニーアニメ映画「アナと雪の女王」のアナ役で一気にブレークした。神田さんは自分の声にコンプレックスを持っていたというけれど、レッスンを重ねて、圧倒的な歌唱力にまで磨き上げ、「アナ雪」でこれまでの努力が花開いた。

16年に「1789」でヒロインを演じ、17年に主演ミュージカル「キューティ・ブロンド」のエル役で目標の菊田一夫演劇賞を受賞した。18年に「ママ」と慕う大地真央が演じてきた「マイ・フェア・レディ」のイライザ役で主演した。「楽しみなミュージカル女優」との感想も、十数年の時を経て「ミュージカル界を背負う女優になったな」という感慨に変わった。誰の娘でもない、神田沙也加という「本物」のミュージカル女優になっていた。

今年も8月に「王家の紋章」でヒロインのキャロル、11月には「マイ・フェア・レディ」の再演と、いずれも帝国劇場の舞台のセンターに立って、そのキュートな笑顔と歌唱力で、多くのファンを魅了した。

演じたアナやエル、イライザ、キャロルに共通するのは、困難に逃げずに立ち向かい、ポジティブに生きる女性の姿だった。そんな役が、神田さんには合っていたように思う。

神田さんもやりたい作品がたくさんあったと思うけれど、見る我々にも挑んでほしい作品、役があった。でも、突然の死でかなわないままに終わった。くしくも、1月には舞台デビューの作品「INTO THE WOOD」が久しぶりに上演される。元気な赤ずきんが登場する場面では、神田さんのことを思い出してしまうだろう。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)



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