東京・歌舞伎座で上演中の「ふるあめりかに袖はぬらさじ」を見て、つくづく「いい舞台だな」と思った。有吉佐和子原作で、1972年に杉村春子さん主演で初演された。幕末の横浜の遊郭を舞台に、揺れ動く世情に翻弄(ほんろう)される人々の姿を描いた作品で、杉村さんは主人公の芸者お園を演じた。初めて見たのは7年後の79年の新橋演舞場公演からで、杉村さんのほかに初代水谷八重子さん、当時は良重と名乗っていた2代目八重子が出演していた。以降、坂東玉三郎、2代目八重子、藤山直美の主演で見ているけれど、好きな舞台の1つです。

歌舞伎座での上演は2007年以来、15年ぶりだけれど、当時は玉三郎をはじめ、中村勘三郎さん、坂東三津五郎さん、中村獅童、中村七之助と、今から振り返ると、とても豪華な顔ぶれの歌舞伎としての上演だった。今回は片岡仁左衛門の休演を受け、当初予定された「与話情浮名横櫛」から「ふるあめりかに袖はぬらさじ」に急きょ変更となった。変更に際しては玉三郎の強い意向があり、座組も歌舞伎組に加えて新派勢も出演する「合同公演」のような形となった。そのため、歌舞伎から新派に移籍した喜多村緑郎、河合雪之丞にとって久々の歌舞伎座登場ともなった。

今回の舞台でうれしかったのは、そんな新派の俳優たちの活躍ぶりだった。新派は130年を超える歴史を持つ伝統ある劇団で、昨年10月には新橋演舞場で新派の代表作「太夫(こったい)さん」が上演され、その舞台成果で芸術祭の大賞を受賞している。しかし、今年は今のところ、新派としての公演は白紙の状態だ。いつもは6月に三越劇場で行われる新派公演も劇場がコロナ禍のため長い間閉館していたこともあって、今年はなかった。

そんな中、思わぬ形で実現した舞台で、遊女マリア役の伊藤みどり、思誠塾門人の小山役の田口守、幇間の森本健介をはじめ、芸者や遊女、女中、門人、客の旦那衆を演じた俳優たちは生き生きとしていた。思えば、玉三郎は新派公演への客演も多かった。今回の「合同公演」には玉三郎の優しさ、そして新派への愛情も強く感じた。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)