歌舞伎俳優の沢村田之助さんが6月23日に89歳で亡くなった。女形として時代物から世話物まで幅広い芸域で知られ、2002年には歌舞伎の脇役として3人目の人間国宝に認定された。また、子供のころからの相撲好きでも知られ、03年から13年まで横綱審議委員会の委員を務めていた。

そんな田之助さんが芸能マスコミに大きく取り上げられたことがあった。1994年、61歳の時に再婚したが、お相手が26歳の一般女性だった。年の差はなんと35歳。香川・琴平町で毎年開催される「四国こんぴら歌舞伎」に出演した時、スタッフだった女性と知り合い、結婚に至った。00年には67歳で女児の父親になり、芸能界の高齢者パパとして話題を呼んだ。田之助さんはワイドショーや雑誌などの取材にも、嫌な顔をせずに温厚な人柄同様に誠実に応じていた。

しかし、芸能界での高齢結婚、高齢パパの記録はすぐに破られた。破ったのは、同じ歌舞伎俳優の先輩、中村富十郎さんだった。富十郎さんは田之助さんの結婚の2年後の96年に、66歳で33歳の元女優と再婚した。99年に長男、03年には長女が誕生した。富十郎さんが69歳、そして74歳の時に生まれている。長男は01年に初代中村大を名乗って初舞台を踏み、05年に中村鷹之資(たかのすけ)と改名している。富十郎さんは11年に81歳で亡くなったが、鷹之資は父譲りの踊りが得意な若手として活躍している。

田之助さんは女児だけで、後継者はいなかったが、84年から国立劇場の歌舞伎俳優研修の主任講師を務めていた。膝を痛めて正座もできないため、14年「矢の根」の曽我十郎を演じて以来、舞台から遠ざかったものの、講師は続けた。まったく素人の若者を研修期間2年で歌舞伎の舞台に立てるように教え込むのは大変なことだが、歌舞伎の将来を見据えて、ライフワークとしていた。田之助さんの指導を受けた20代から50代の研修出身の歌舞伎俳優は脇役として、今の歌舞伎の舞台を支えている。田之助さんの残した「大いなる遺産」と言えるだろう。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)