若手浪曲師の天中軒すみれ(32)が、夢枕獏さんの人気伝奇小説「陰陽師」を原作にした浪曲「陰陽師-迷神・打臥の巫女」に挑む。7月25日に夢枕さんの地元小田原市の小田原三の丸ホール、8月11日に大阪・新世界ZAZA HOUSE、8月23日には東京・北とぴあペガサスホールで公演を行う。夢枕さんの「陰陽師」は連載開始から今年で40周年を迎える人気シリーズ。すみれは昨年、主人公の安倍晴明が琵琶の名器・玄象にまつわる怪異に立ち向かう浪曲「陰陽師-琵琶玄象」を上演したが、今回は晴明とライバル蘆屋道満との関係を軸にした作品となる。公演を前にしたすみれに話を聞いた。

すみれは東京芸大音楽学部楽理科出身で、浪曲にひかれて、2018年に天中軒雲月のもとに入門した。浪曲「陰陽師」のきっかけは本企画の主催者である書評家の杉江松恋さんから「『陰陽師』を浪曲化したいのですが、すみれさん、やりませんか?」との誘いだった。「陰陽師」は野村萬斎主演の映画、松本幸四郎主演で歌舞伎上演されている。杉江さんはかねてから「陰陽師」は浪曲に合うのではないかと考え、夢枕さんから浪曲化の承諾を得て、フィットする浪曲師としてすみれに声を掛けたという。

「青天のへきれき以外の何物でもなかったのですが、もともと好きだったサイキックファンタジーや異界と現世が交わる世界を浪曲で語ってみたいという漠然としたイメージがありました。そこにその分野の本丸ともいえる作品のお話が舞い込んできた訳ですから、やらせてくださいと即答しました。野村萬斎さん演じる安倍晴明は、幼少期の私のヒーローでした」

杉江さんが原作をもとに浪曲台本の形にしたものに、すみれが演者目線で手を入れていくという作業工程だった。

「二人で話し合ったのは『原作のエッセンスを取りこぼさないこと』『獏先生の文章を生かすこと』、さらに『ちゃんと浪曲であること』。浪曲の強みは、テキストの行間にある得も言われぬ感慨、平安時代風に言うなら『もののあはれ』のようなものを、語りの抑揚やメロディー、三味線との掛け合いの妙によって、聴く人に直接的に訴えかける力があるということ。頭ではなく感覚に訴えかける浪曲の特性が、獏先生の五感を刺激する文章のタッチと非常にマッチしていると感じています」

昨年は小田原市と東京で公演を行い、多くの原作ファンと浪曲ファンが来場。すみれとして初のホール単独公演を成功させた。曲師(三味線)は広沢美舟が務め、今回は新たに雅楽の龍笛の〆野護元も出演する。

「安倍晴明と親友・源博雅のふたりの掛け合いの空気感やお約束の要素はしっかり押さえつつ、平安京の風景や人ならざるものの気配を感じさせる音作りを、お三味線の広沢美舟お姉さんと、今回初参加の龍笛・〆野護元さんとともに模索しながら創り上げています。当時きっての笛の名手である源博雅の笛の音を、生で体験できます」

通常の浪曲は、テーブルを前に置いた形式だが、「陰陽師」の世界を十二分に表現するため、あえてテーブルを外し、すみれが平安時代の狩衣装束をまとい、全身の動きを見せるスタイルでの口演に取り組んでいる。

「舞台芸術としての浪曲の可能性を探る公演でもあるので、見せ方にはこだわっています。衣装の狩衣装束のほかにも、今回初めて取り入れる演出もあるので、とにかく現場で体験していただきたいです」

夢枕さんは昨年、小田原公演を見ており、「おもしろい、新しい風が吹いている。いつかこの話が古典となってゆくことがあるかもしれない」と期待を寄せている。すみれも今後の上演に意欲を見せる。

「原作でやりたいお話はまだまだあります。獏先生のお許しさえ頂けたら、今後もコンスタントに新作上演はしていきたいです。大がかりな舞台で世に送り出した第一作やこれから始まる第二作については、特殊な演出を入れない通常の浪曲の舞台や、タイミングが合えば寄席でもかけられるようなコンパクトな形にして、いろいろな場で、いろいろなお客様に、『陰陽師』という作品や浪曲の世界の一端に触れていただく一助となればと考えています」【林尚之】