昨年暮れのM-1グランプリ2020で優勝したのがお笑いコンビ、マヂカルラブリーだ。メチャクチャにボケまくる野田クリスタル(34)は“地下芸人”出身。冷静なツッコミの村上(36)は“学生芸人”出身。対照的な2人が生み出す笑いの秘密を探ってみた。

★葛藤…「つり革」か「フランス料理」か

昨年暮れのM-1グランプリ最終決戦。おいでやすこが、見取り図を1票上回る3票で振り切り、マヂカルラブリーが優勝した。17年の決勝で酷評されてから3年を経ての優勝だった。

野田は「『ようやく終わったな、M-1が』という気持ちでした」。村上は「うれしかったんですが『明日は忙しくなりそうだな』とか、いろいろなことを思いました」と振り返った。

決勝の1回戦で「フランス料理」ネタ、上位3組による最終決戦で「つり革」ネタを演じた。「つり革」は準決勝で大ウケした鉄板ネタ。やらずに最終決戦に進めなければ悔いが残る。

村上は「最初は、その通りの順番でやろうと決めていたんですが、どっちを先にしようか迷った。でも、1本目につり革をやったら優勝はなくなる。フランス料理のネタが最終決戦になるということですから」。野田は「(1回戦で前の出番の)おいでやすこがさんが終わった時に、予定通りやると決めた。そうしたら、すぐにクジを引かれて、直後にフランス料理ネタをやることになった」。

横浜生まれの野田は、公務員の父親に男3人兄弟の末っ子。02年、高校1年の時に同級生とコンビ「セールスコント」を組んで参加したTBS系「学校へ行こう!」の「お笑いインターハイ」で優勝。インディーズライブへの出演を経て、03年に16歳で吉本興業と契約した。

「中3の時に(吉本の養成所の)NSCに行こうと思ったんだけどダメで、その後はインディーズのライブに出ていました。最初の1年間は地下芸人でしたね。当時は、いいって言ってくれる人がいれば吉本に入れた。お笑い芸人に反対はされたけど、放任でした」

★ボケまくりの野田 冷静ツッコミ村上

村上は父親も母親も公務員。法大のお笑いサークルで学生芸人として活動。卒業の際に、ピンの野田を誘って、07年にマヂカルラブリーを結成し吉本入りした。

「野田のことは知っていました。共通の知人の(お笑いコンビ)モダンタイムスさんに『誰かコンビを組みたがっている人いませんか』って聞いたら『野田とかどう』って。ウケることよりも、筋とかネタのきれいさを大事にしているところがよかった。汚く見えても、よくよく考えるとちゃんと作れている。完成度みたいなものを大事にしていた。それでライブを見に行って『コンビを組みませんか』って言いました」

野田は「僕は(村上のことは)全然知らなかったんです。でも、僕が面白いなと思っている、師匠みたいなモダンタイムスさんを介してだったんで、めちゃめちゃうれしかったですね」と振り返る。

07年にコンビを組み、M-1は、結成間もない08年と10年に準決勝に進出している。早い時期から結果を出し始めていた。野田は「今と、ほぼ変わらない感じですね。バラエティーの企画で、結成時の懐かしネタをやってくれなんていうのがあっても、僕らは何も恥ずかしいことなく普通にできます」。

17年のM-1グランプリで初の決勝進出も、型破りなネタ「野田ミュージカル」を演じて最下位。審査員の上沼恵美子(65)に「よう決勝残ったなぁ」と酷評された。それ以来の決勝進出だったが、野田は「リベンジっていう気持ちはなかった。M-1に出ること自体が『M-1あるなぁ』って、運動会みたいなもの。時期が来たら、今年もいいネタを最低2本作らなきゃなっていう気持ちではいましたけど」。

東京の芸人の優勝は、15年のトレンディエンジェル以来5年ぶりだった。村上は「僕らを見ていた芸人たちは、喜んでくれた。一緒にやってきたやつらとは『東京吉本、なめんなよ』っていう気持ちもありましたから」。

インパクトの強いボケを繰り出す野田と比べて、常識人に見える村上だが、実態は、まさしく芸人だ。本名と全く関わりのない「村上」という芸名は「面白い芸名をつけたい。で、漫画『東京大学物語』の主人公の村上から」。「普通のことを大きな声で言う」ツッコミのテクニックはドランクドラゴン鈴木拓(45)から。「偉ぶることなく教えてくれた。クズみたいな感じで言われてますが、メチャクチャかっこいい人。優しくて、おとこ気がある。勘違いしてませんか、国民が。あんまり、こんなこと言うと営業妨害になるんですけど」と笑う。

★3冠期待も「漫才とコント別」

ギャンブルざんまいで借金まみれだったグランジの大(41)にも私淑している。「僕は公務員の家庭に生まれて、大学まで行って真面目だった。でも、吉本に入って大さんの下で芸人の楽しさを教えてもらった。メチャクチャすてきな方。大さんも、国民が勘違いしています。借金してまで後輩におごるから金がないんですよ」。

野田は自身をダウンタウン松本人志(57)の“生まれ変わり”と言う。94年に松本が出版した「遺書」をむさぼり読んだ。「“面白い”以上の言葉はない。何か知らない面白さが、まだあるんじゃねぇかって、ずーっとワクワクして見ている」。松本の「定理を崩せ」という言葉を実践している。「すごい濃い言葉なんですよ。単純に技術として、笑いを取りやすいと言っている。すごいことを言っているようで、実は技術的なことも言っている」。

野田は、昨年3月にコロナ禍で無観客で開催された“1人芸日本一決定戦”R-1ぐらんぷりで優勝。「そもそも無観客みたいなところでネタをやってきたんで、お客さんがいる状況よりやりやすかった」。村上は「うれしかったですね。こっちにもプラスがあるだろうなと思いました」と振り返った。

今年の“コント日本一決定戦”キングオブコントでは、史上初の3冠の期待もかかる。18年には決勝に進出して7位になっている。

野田は「簡単じゃないですよね。漫才とコントは全く別のもの。僕がツッコミをやることもあるし、ネタの作り方が180度違いますね」。村上は「僕らの漫才のネタをコントにするってできないですね」。野田は、4冠目にも意欲を見せる。「猫王(ニャオー)も作れます」と今年初開催された“猫ネタ限定お笑いグランプリ”を挙げた。

今後、やってみたいことに野田は「大会主催ですね。“漫才じゃないM-1グランプリ”」。村上は「酒飲みながらたばこ吹かして、ボートレースに賭けるみたいな番組ができたらいいですね」。

笑いの形を無限に変化させる勢いだ。【小谷野俊哉】

▼マヂカルラブリーを引き合わせたお笑いコンビ、モダンタイムスのとしみつ(42)

「野田が高2の頃から一緒のライブに出ていたんだけど、コンビを2度解散してピンでやっていてコンビを組みたがっていた。その時に大学生だった村上から『紹介してください』と。1発目からいい出来で、イケると思った。優勝はうれしいですね」

▼モダンタイムス川崎誠(42)

「野田は最初の頃から全く変わってない。その時から天才だと思っていた。それが、村上と組んで分かりやすくなった。ツッコミがパチンとはまった。一緒に番組ができるよう、オレらも頑張ります」。

◆マヂカルラブリー

07年2月結成。野田(のだ)クリスタル=1986年(昭61)11月28日、神奈川県横浜市生まれ。「R-1ぐらんぷり2020」優勝。独学でプログラミングを身につけ制作したゲームは「野田ゲー」と称される。178センチ、60キロ。血液型A。

村上(むらかみ)=1984年(昭59)10月15日、愛知県新城市生まれ。法大時代はお笑いサークルHOS所属で、05、06年に「大学お笑い日本一決定戦G-1」優勝。181センチ、100キロ。血液型O。

◆マヂカルラブリーのM-1

07年3回戦。08年準決勝。09年3回戦。10年準決勝。15年準々決勝。16年準決勝13位、敗者復活戦11位。17年決勝10位。18年準決勝14位、敗者復活戦9位。19年準決勝14位、敗者復活戦14位。20年決勝1stラウンド2位通過、優勝。

(2021年2月28日本紙掲載)

マヂカルラブリーの野田クリスタル(左)と村上は格好良くポーズを決める
マヂカルラブリーの野田クリスタル(左)と村上は格好良くポーズを決める