とんねるずの石橋貴明(63)が、フジテレビの第三者委員会からヒアリングの打診を受けていたことが明らかになった。中居正広氏(52)の性暴力に端を発する問題で、類似事案としてフジテレビの女性社員と2人きりになった時に下半身を露出したと一部で報じられた。今月3日に自身のYouTubeチャンネル「貴ちゃんねるず」で、食道がんで芸能活動を休止することを発表していただけにびっくりだ。
記者は石橋と同学年。とんねるず世代、野球で言えば浪商のドカベン香川さん・牛島世代だ。石橋の姿は、素人時代の中学生の時から見ていた。関東ローカルだったTBSの夕方の帯番組「銀座NOW!」の素人コメディアン道場、日本テレビの「TVジョッキー」のお笑いコーナー「ザ・チャンレンジ」で、石橋は有名な存在だった。「サリーちゃんのパパ」「札幌五輪の笠谷」などのネタもいまだに覚えている。
芸能記者になってからも、たびたび取材した。「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」の収録を、取材するのが楽しみだった。
一番記憶に残っているのが、2020年(令2)のコロナ禍でのインタビューだ。人と人の接触が禁じられる中で、同年の5、6月に日刊スポーツの日曜日の芸能インタビュー面「日曜日のヒーロー」「日曜日のヒロイン」が休止になった。
そして、7月に再開する時に「大物をインタビューしろ」と命じられた。そこで、白羽の矢を立てたのが石橋だった。18年(平30)3月に、前身から29年半にわたって放送されたフジテレビ「とんねるずのみなさんのおかげでした」が終了。その後のフジテレビ「石橋貴明のたいむとんねる」も20年3月いっぱいで終了。そして、その4月から始まったばかりだったのがフジテレビの「石橋、薪を焚べる」だった。
石橋がたき火を前にゲストと語り合うトークバラエティー。フジテレビに取材を申し込むと、コロナ禍ということもあって「弊社としては石橋さんがOKなら、構わない」というスタンスだった。
そこで、石橋に手紙を書いた。記者は同い年であること、中学生の時からずっと見続けていること、そして「日曜日のヒーロー」復活に登場のお願いをした。石橋は日刊スポーツを宅配で取って読んでくれていた。なんとかOKを取り付けることができた。
だが、そこから、もう一つ大きな障壁があった。コロナ禍でのインタビュー再開とあって、取材時間が20分だけなのだ。「日曜日のヒーロー」は本文だけで200行、それに大きく使う写真を撮影する。どう考えても、時間が足りない。そこで、フジテレビの広報担当者がウルトラCを考え出してくれた。「2回取材すればいいじゃないですか」。ナイスアイデアということで、20分×2回のインタビューをすることになった。まあ、実際は40分のインタビューなのだが、20分を2回と言うことで、フジテレビの内規をクリアした。
インタビュー当日、石橋貴明が登場。182センチの数字以上に、帝京高校野球部と芸能界で鍛えた体は大きく見えた。コロナ防止のために、2人の間の距離は5メートル。間には透明の大きなアクリル板が置かれた。長年、テレビで見てきた思いを話してインタビューは始まった。写真撮影まで20分+15分の計35分。インタビューが終わった時、熱く語る石橋の顔は記者のすぐ目の前にあった。
石橋貴明を見続けてきて50年。まずは病気との闘いに勝ってほしい。そして、再び、石橋貴明で笑ってみたい。そのために全力で反省して、全力を尽くしてほしい。【小谷野俊哉】



