前半最後方に待機したナリタタイシンが、W・Bの2強を破り、2分0秒2の皐月賞レコードで鮮やかな追い込みを決めた。クラシック第2弾も、ウイナーは武豊騎手(24=フリー)だ。父邦彦(現調教師、74年キタノカチドキ)に続く優勝で父子制覇は初めて。桜花賞、皐月賞の連覇は史上4人目の快挙。25日にはメジロマックイーンで天皇賞に出場、桜、皐月、盾と3連続制覇の偉業達成が確実となった。ビワハヤヒデはゴール寸前で差されて2着、ウイニングチケットは4着(ガレオン降着で5位から繰り上がり)に敗れた。

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一瞬にかけた。神経を研ぎ澄まして待った。勝負どころの4コーナー、ナリタタイシンを操る武は、インターマイウェイの内側に進路を選んだ。「ビワとウイニングは(馬群の)外へ行った。それなら」。右手のムチに力を込めて、満を持してのスパートに入る。前に立ちふさがる10頭の壁。縫うようにさばく武の右、そして左の視界の後方へ、ライバルたちが流れるように消えて行った。

残る1頭はビワハヤヒデだ。ゴール前、最後のひと押し。「寸前まで勝てるかどうか、分からなかった」と振り返る首差。左手をグイッと前に突き出してのガッツポーズの瞬間、競馬史にさん然と輝く記録が刻まれた。史上初の父子での皐月賞優勝、史上4人目の桜花賞、皐月賞連覇。2分0秒2の勝ちタイムは、1984年(昭59)シンボリルドルフが作った2分1秒1を0秒9短縮した。

つきっきりで調教をつけた大久保雅稔(まさとし)助手(28)の「ユタカ!」の声が絶叫でかすれている。「ユタカが上手に乗ってくれた」と大久保正師。ナリタタイシンを取り巻く男たちは、最高の歓喜にわれを忘れた。

だが、武は意外なほどに冷静だ。ヒーローインタビューでも淡々とした受け答え。「直線でうまく前が空いたし、抜け出す時は速かったですね」。テレビの女性アナが「りりしく精かんな顔つきになりました」と驚いたほどの変身ぶり。天才、アイドルというイメージとは異次元の勝負師の顔があった。

W・Bの存在を意識しながらも、自分の競馬に徹した。前半の課題は「いかにリラックスさせるか」だった。だからスタート後のスタンド前は最後方。気性の激しいナリタタイシンに対し、折り合いをつけることに専念した。「位置取りは考えなかった」と武。手綱を数ミリの単位で動かしながら、ハミの位置を変えた。大久保助手は「だれが乗っても首を上げた感じで行きたがるのに、ユタカが乗るとすんなり。すごいよ」と振り返る。

ゴール前200メートル地点、急激に外側に斜行してきたガレオンと接触。ち密に計算されたプレーの中で、唯一の誤算だ。「危なかったがそれ以上に伸びてくれた」。騎乗馬の強さをたたえる武。クラシック2週連続制覇も「良い馬に巡り合えたからで、自分でも信じられません」と、あくまで謙虚なセリフで表現した。

「先週はホッとして、きょうはしてやったり」と武。4日の大阪杯から3週連続重賞勝ちは、史上5回目で自身2回目。天皇賞には、春の盾5連勝、4週連続重賞勝ち、3週連続G1優勝という、今後まず破られることのない大記録がまとめてかかる。そのメジロマックイーンには「大本命ですから。自分の力を出し切れば」と全幅の信頼を寄せる。勝負師・武が、93年をとてつもない一年にする。【天野保彦】

◆ナリタタイシン ▽父 リヴリア▽母 タイシンリリィ(ラディガ)▽牡・4歳▽馬主山路秀則氏▽調教師 大久保正陽師(栗東)▽生産者 川上悦夫氏(北海道・新冠町)▽獲得賞金 2億1826万6000円▽戦績 9戦3勝▽主な勝ちくら G3ラジオたんぱ杯3歳S(92年)

(1993年4月19日付 日刊スポーツ紙面より)※表記は当時