阪神で14年、オリックスで2年。16年に及ぶ現役生活で、岡田彰布はタイトルに見放されてきた。新人王、ゴールデングラブ、ベストナインには選ばれているが、個人タイトルとはまったく無縁。最大のチャンスは1985年の日本一シーズン。打率は3割4分2厘。この高い数字でも首位打者になれなかった。

立ちはだかったのはバースだった。競り合う2人に対し、当時の監督、吉田義男は最終戦で2人ともゲームに出した。ただバースはホームランの記録がらみで、敬遠四球ばかり。打率は下がらず3割5分。これを見て、岡田は途中でベンチに引っ込んだ。8厘差で逃がしたタイトル。これが個人タイトルの最後のチャンスだった。

口では言わない。「タイトルを取りたかった…」とは言わないが、やはり悔いが残った。現役を辞めてからは個人タイトルには興味なし。そういう風情の監督生活に入った。

ところが、である。長期ロードの最後。巨人戦の初戦(8月25日)。試合後、岡田にしては珍しいコメントが発せられた。「防御率はそら気になるわ。やっぱり、ここまできたら取らしてやりたいからな」。先発した村上の防御率を気にしていた。現状、防御率リーグ1位の村上だ。それでも今までの岡田なら、決して口にしなかった「取らせてやりたい」の発言。思わず「オー」と声が出た。

8月27日の3戦目もそうだった。先発した伊藤将が終盤に崩れた。それでも岡田は伊藤将を続投させた。ここまで安定した投球を続けてきた伊藤将に対し「やっぱり勝ち負けをつけさせてやりたかったからな」と話した。これもこちらからすれば「オー」の対象。岡田がこういうことを口にするんだ、と何となくうれしくなった。

昔、こんな話があった。前回の監督時、藤川球児にセーブのタイトルがかかっていた状況で、ある試合、3点差で迎えた8回裏。阪神にチャンスが巡ってきた。ただ、ここで得点すればセーブが記録されない。そこで岡田は代打に出した小宮山に「三振してこい」と指示した。小宮山の査定に影響することなく、藤川にセーブを、の最良の方法。岡田は選手のために、こういうこともしてきた。

「監督の仕事は何? って問われたら、そらいっぱいあるわ。最大の責務はチームを勝たせること」と言いつつ、こういうことも明かした。「選手にもうけさすことよ。選手の年俸を上げてやるのも監督の仕事やと思うで」。これはずっと言ってきたこと。レギュラーから控えまで、年俸を上げてやるために、選手の能力を引き出す。これで査定が変わる。

今年、四球に対する査定方法が変わった、と聞く。岡田自らが査定担当に掛け合い、新たな方式を導入したとか。こういう規定があれば、選手も考え方が変わる。これも勝つための方策。選手の待遇を考え、それがチームに還元される。これが強い阪神の象徴的な事象になっている。

岡田は今年、選手に声をよくかける。例えば植田(現在、故障で2軍)とか熊谷とか。彼らは控えであり、代走のスペシャリスト。ざっくりいうと目立たぬ存在だけど、岡田は非常に大事に思い、必要としている。だから声をかけ、モチベーションを高めるようにもっていっている。

「選手って、それぞれ役割があるやんか。レギュラーの中でも主力がいて、脇を固めるものがいて。代打がいて、守備固めがいて、そして代走がいる。これが役割であり、それをうまくこなしてくれるチームが強いわけ。だからオレは、いろんな立場の選手にも、金を稼がせたい」

このまま順調に運べば、間違いなく「アレ」が待っている。そして選手にはバラ色のオフが来るに違いない。【内匠宏幸】

(敬称略)