渋川清彦(41)は今、映画業界で監督や製作者が「最も使いたい」と声をそろえる俳優の1人だ。今年だけで公開された映画は10本。その1つとして、21日に公開された「アレノ」(越川道夫監督)では、山田真歩(34)演じる主人公“妻”の幼なじみながら、不倫関係を続ける“愛人”を演じた。作品の規模にとらわれず、映画を愛し、演じ続ける渋川の本音に迫った。

 日本のどこかの映画館にいけば、きっと渋川に会える…そう言っても過言ではないほど、渋川は映画に出続けている。公開館数が3ケタを超える作品から、1ケタ台の作品まで…作品に出演するにあたり、規模は問わない。「アレノ」は現在、東京・新宿のK'sシネマのみの公開で、その後、公開が決まっている劇場も全国6劇場だけだ。

 「(作品規模の)でかい、小さいにかかわらず、こだわりなく、ずっとやっているんで。小さい作品から声がかかるから…面白そうだから乗っかっておこうという感じで、特に計算はしていないです。(大作より小さい作品の方が)俺の中では全然、やりやすい。(演じている現場の)人数が少ない方がいい。あまり人が(演技を)見ない方が、俺はいいんですよ。何か、いろいろ引っかき回したいですね…世間を」

 「アレノ」はフランスの文豪エミール・ゾラの名作「テレーズ・ラカン」をもとに舞台を現代の日本に置き換えた。主人公の妻(山田)は、病弱な夫(川口覚)では感じられない女の喜びを、2人共通の幼なじみ“愛人”(渋川)に求め、逢瀬(おうせ)を繰り返す。その中、妻は愛人と結託して船遊びに行き、偶然、船がひっくり返ったように装って夫を湖へ突き落とし、溺死させようと企てるが、3人そろって湖に落ちる。夫の姿はなく、警察が捜索する中、妻と愛人は現場近くのラブホテルで待ちながらセックスを繰り返す物語。R18+(18歳以上)指定の映画で性表現も多い。

 -局部が見える、かなりギリギリまで(セックスシーンを)見せているが、文学的な香りすら感じる映画。演じてどうだったか

 「よく聞かれるんだけど、監督に身を委ねているんで、演じてどうとか…分からないんですよ(苦笑)」

 -モラルうんぬん抜きに、どうしようもなく引かれ合う男女を演じている。そんなカップルは現実にもいるし、男女の関係は説明できるものじゃない。そこが映像化されている

 「原作が多分、そういうことなんですよね。俺は原作を知らなかったし、読まなかったけれど…劇中で描かれている男と女の情念とか、現実にもあることのような感じですよね。男女の関係には答えもないし、説明できるもんじゃない。演じていて、苦しかったとかはなかった。(僕は俳優として)役に依存するタイプではないんで…でも、依存するタイプの人だったら(演じた役は)すごく苦しいんじゃないですか? 確かにつらいシーンをやったら、つらい気持ちになりますけど、終わったら…別につらい感覚はないですね」

 -撮影日数は?

 「5日。スケジュールは大変だった気がします」

 -「アレノ」に興味を持ったのは

 「全体ですね。監督とか(主演の山田)真歩ちゃんとか…ぬれ場とか(苦笑)攻めましたね。監督とカメラマンの方に任せて、俺たちはやるだけですが。面白かった。やって良かった」

 -ラブホで、ひたすらセックスを繰り返す役どころ。少なからず、心当たりのある男性もいそうだが…

 「どうなんだろう…。男性なら、街を歩いていれば、そういうテンションは結構、あるんだろうけれど…そこには壁、モラルがあるわけで。映画の中だから(セックス三昧は)いいんでしょうけど(苦笑)」

 -ぬれ場は生々しい

 「真歩ちゃんは声がいいですよね。鼻にかかっている声とか好きですね。彼女は生々しい女優さんなので、すごくやりやすいです」

 -「アレノ」に出演して面白みを感じたところは

 「(冒頭で)夫を湖に落とすところは、画もないし、もしかしたら夫が滑って湖に落ちちゃったかもしれない。答えを出さないところが、この作品の面白さじゃないですか。面白そうだから企画に乗っかって、出演して、やはり面白かった。(映画を公開した後に話題となり)周りが、すごくザワザワすると面白いし…自分というよりより周囲の動きがあると面白いかな」

 -演じるとは?

 「それも、全く答えがないから…探しているというわけではないけれど、だから(答えがないから)役者をやっているというのもあるかも知れない。先輩の言葉で1つ、心に刺さったのが原田芳雄さんの言葉。03年の映画「ナイン ソウルズ」で共演した時、打ち上げの時に(質問と同じようなことを)聞いたら『俺だって、分かんねぇんだよ!!』って言ってくれたのが、すごく印象に残っています。そうなんだ…芳雄さんも、そう思っているんだと」

 -作品選びのポイント

 「来た台本は、とりあえず読んでみます。この間、大学生が直接、手紙書いて台本を持って来てくれた。それを見たり(作品に関わる)人間が面白そうだったら、やってみようかと思う。役としてやりたくないなぁ…と感じたものは受けないですね。それ以外は、特にポイントはないですね」

 -面白いことと、世間を引っかき回すことはリンクする?

 「体制みたいなところに、違和感を投げかけたいんですよ。普段、映画を見ない人に『何だろう、こいつ?』と思ってもらいたい。(世間の)大多数がテレビを見ている。テレビが悪いわけじゃないけど、面白くないものが多いし(出演者は)決まった人ばかりだし。そこにポーンと違和感があったら、面白いかなと」

 -テレビドラマの映画化が多いことへの批判が高まる一方、映画らしい映画を求める声が出て久しい

 「だから、俺らが石を、ちょっとずつ投げていけばいいんですよ。知名度があれば石を投げやすいから、でかい映画もやっていこうと思っています。出る作品は、人による。大きい作品でも(関わる)人による。その人(監督や製作者)の本質が分かっていれば、やりますよって言いますね」

 -でも、あなたのように大きな規模の映画に出て知名度を上げた後も、小さな映画に出ていく俳優さんは、それほどいない

 「そこ(作品の規模)で出演を判断するのが、ちょっとおかしいんですよ。(キャスティングされるのが)事務所の力なのか、本人の力なのかは分からないけれど(出たい作品は)役者本人が言えばいいじゃないか、と。でも、若い子で面白い子は増えてきたかな」

 -テレビ局が映画製作に本格的に乗り出す一方、映画監督を正業とする人が、なかなか映画を撮れなくなってきている

 「(主演した)「お盆の弟」なんか、特にそうだった。大崎章監督も、あんなにいい監督なのに10年、映画が撮れなかった」

 -自分の中では映画のプライオリティーが高い

 「そうですね。映画の良さが何か…難しいんですが、映画という言葉の響きかもしれない。あとは作っている人が、すごく情熱がある。好きで作っている人が多い。テレビにも情熱のある人がいるから、否定はできない。生活のためもあって出演したら面白い人がいて、その人から出て、と言われたらやる。どんどん面白い人が少なくなっているし、面白い人が年上の世代に固まってきていますね」

 -今後、日本映画はどうあるべきと考えるか

 「ヒットしている作品(の質、受けている状況)含め、今はおかしな状態。シネコンばかりになって、地方のミニシアターが、どんどんつぶれていっている。映画界がどうあるべき…というより、そういうところ(観客と接することができる劇場)に、俺ら俳優が自分が足を運んで行くことかな、と思います」

 -つまり役者、作り手が直接、映画を届けることが大事ということか?

 「本当は舞台あいさつとか、そういうことはやりたくはないんです。でも(そういうことが必要とされる)時代だから、しょうがないと思っている。本当は俳優なんてものは、画面の中で見せればいいわけだから。人の前に立って、あいさつして、お願いします…ということじゃない。俺が好きだった時代の俳優は、銀幕の中の、あこがれの人というイメージがあるから」

 その言葉とは裏腹に、渋川は積極的に劇場に足を運ぶ。舞台あいさつでは、ぼくとつながら時に率直な言葉で会場を笑わせる。舞台あいさつ後には劇場のロビーに出向き、観客1人ひとりと握手、サインする機会を自ら作ることも少なくない。役者として全てを刻み込んだフィルムが上映される各地の劇場に足を運び、自らの言葉で映画を伝える。渋川は映画愛を伝える“伝道師”になりつつある。【村上幸将】

 ◆渋川清彦(しぶかわ・きよひこ、本名田中清彦=たなか・きよひこ)1974年(昭49)7月2日、群馬県渋川市生まれ。プロのバンドを目指し上京後、19歳の時に米の写真家ナン・ゴールディンと出会い、写真集「Tokyo Love」のモデルとなった。その後、KEEの名でモデルとして活動。98年「ポルノスター」(豊田利晃監督)で映画デビュー。06年に現在の芸名に改名。主な出演作は「横道世之介」「千年の愉楽」(13年)「クローズ EXPLODE」(14年)「ジョーカー・ゲーム」「深夜食堂」「ソレダケ /that's it」「極道大戦争」「ラブ&ピース」「コントロール・オブ・バイオレンス」など。「日本のまんなか しぶかわ観光大使」を務める。175センチ。