人形浄瑠璃文楽の浄瑠璃語り(太夫)で人間国宝の竹本住大夫さんが亡くなった。

 4年前、東京・国立劇場小劇場の引退公演前に取材した時、何よりも文楽が好きで、謙虚な気持ちに触れた。情感豊かで、圧倒的な人気を誇り、文楽のために尽くしてきた住大夫さんは「好きで68年間やってきました。何にも悔いはおまへん。幸せです」と、何度も何度も繰り返した。出てくるのは、先輩への感謝や楽しかった思い出ばかりだった。苦労したことはと聞かれても「好きだから、苦労だと思ったことはありません」とすがすがしかった。

 引退公演の千秋楽。「恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな) 沓掛村の段」が終わると、住大夫さんは「ええ星の下に生まれた、運のええ男です」とあいさつした。どこまでも謙虚だった。人形遣いの吉田簑助さんが「寂しゅうて…」と言いながら花束を渡す姿に、涙をぬぐうファンが見えた。

 終演後、楽屋口にはスタッフ約150人が集まり、住大夫さんを拍手で見送った。「幸せでんな。おおきにありがとう」と去っていった住大夫さんの笑顔が忘れられない。

 長らく文楽を引っ張ってきた住大夫さんが引退し、その後もベテランの引退が続いた。文楽のこれから、はまだ模索中だ。