4人組バンド「クリープハイプ」の尾崎世界観(36)が昨年発表した小説「母影(おもかげ)」(新潮社)が、芥川賞候補になり話題となった。このほど日刊スポーツの取材に応じ、音楽活動と執筆活動の両立などについて語った。【聞き手=大友陽平】

   ◇   ◇   ◇

先月20日の芥川賞発表当日は、バンドメンバーと事務所でその時を待った。

「家を出てタクシーがなかなかつかまらなくて…。事務所に着いて1時間ちょっとで結果が分かったので、野球で言ったら、5回から試合を見た感じしかしなくて、最初から見ていたかったというか…。もうちょっと緊張感を味わいたかった。時間の配分を間違えました(笑い)」

惜しくも今回は受賞とはならなかったが、候補に挙がったことで、反響も大きかった。

「誰かに選ばれたりするということで、注目度が一気に変わるというのは、冷静に客観的に見ていてもこういうことなんだなあと。特にここ何年かは、“人が薦める”ということが1つのトレンドになりますよね。今回候補にしていただいた時も、誰かが認めてくれることで認められるというか、他人の意見が反映される世の中に、今の方がより強くなっているのかなと思います」

「母影」は、母子家庭で育った小学校低学年の女の子が主人公。母の勤める怪しいマッサージ店の片隅で息を潜めながら、揺れ動く感情を少女目線で描き、細部にもこだわった。

「音楽をやっているので、文章のビート感というかリズム感はすごく意識しています。ひらがなにした方がちょっと舌っ足らずな感じになって、粘っこくなるなとか、漢字の方がサラッといけるなとか考えながらやっていました」

音楽活動では作詞も手掛けているが、小説を書く楽しさもあるという。

「歌詞を書いている時の喜びというのももちろんあるんですけど、歌詞は偶然いいところにパズルがはまっていくという感覚なんですけど、小説はそのパズル自体を作ってるというか…。0を1にしていくという感覚です。音楽の場合はメロディーもあって、基本的なバンドのイメージもあります。音楽でできないこともあるんですけど、それはもう、今はやらなくていいことという認識があって。でも、何かできていないという状態は表現者としては必要だと思うから、そこで小説を書くということでバランスをとってますね」

「母影」は、コロナ禍でライブの延期・中止を余儀なくされたことから書き始めた。言葉を紡ぎ出すという共通項のもと、音楽活動と執筆活動を、自分自身の中で切磋琢磨(せっさたくま)させている。

「昔はよく『小説1冊や映画1本分に、1曲で勝つような曲を作りたい!』って言ってました。今は音楽では小説に勝つぞと思って作りますし、小説は音楽に負けるわけがないと思って書いているので、自分の中で勝手に左右に引っ張り合っているんです」。

その引っ張り合いが、表現の幅を生み、さらに尾崎自身を進化させている。

「もちろん引っ張り合っているので負荷も感じるんです。だからこそ、どちらかを引っ張る時に重たい。でもそんな中でできた作品は、なかなか倒れない、強いものになると思うので、音楽も執筆も、今後も続けていきたいです」

改めて「母影」を通じて伝えたいメッセージも聞いた

「『自分が思ってることって、本当にこの言葉であてはまるのかな? でもみんなこれ使ってるからこれで表現しなきゃいけない…』という諦めみたいなものが自分の中にあって、それが大人になるってことだと思うんですけど、だからこそ子供の視点を借りて、今回また“言葉”に対してちょっとこうけんかをふっかけるようなことをしたかったんです。自分と切り離して読むのか、自分のこととして読むのかによって変わってくると思うんですけど、どっちにしても読めるようにはなっているので、皆さんの過去のことが呼び起こされるようなスイッチがちゃんと押せたらいいなと思っています」

◆尾崎世界観(おざき・せかいかん)1984年(昭59)11月9日、東京都生まれ。01年にバンド「クリープハイプ」を結成。09年11月に現メンバーで本格的に活動を開始し、12年4月にアルバム「死ぬまで一生愛されてると思ってたよ」でメジャーデビュー。16年6月に小説「祐介」で作家デビューし、17年5月にエッセー「苦汁100%」、19年7月に「泣きたくなるほど嬉しい日々に」など発売。プロ野球ヤクルトの熱狂的なファン。

◆母影(おもかげ) 尾崎世界観が「新潮」20年12月号で発表した中編作品。母子家庭で育った小学校低学年の女の子が主人公。学校で友達を作れず、母の勤めるマッサージ店の片隅で息を潜めながら、揺れ動く感情を描いた。昨年12月に「第164回芥川龍之介賞」の候補作に選出。今年1月29日に単行本を新潮社から発売。