プロレス団体ノアの武藤敬司(59)は勝負の一手に「毒霧」を挙げた。世界を席巻してきた自らの化身「グレート・ムタ」の秘技。米国修行など、世界を相手にリングに上がってきたからこそ、サッカー日本代表には「マリーシア(ずる賢さ)」の重要性を説く。酸いも甘いも知り尽くしたプロレスの天才が、大舞台での戦い方を語った。【取材・構成=栗田尚樹】

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プロレスってさ、5カウント以内の反則って許されるんだよ。サッカーもきっと、見えないところの反則って許されるじゃないの?(笑い) 多いだろ。サッカーなんかは。1カウント以内の反則をスレスレでな。いや、そのくらいしないとさ。世界との勝負ってそんなもんじゃん。

南米はマリーシアだっけ? アフリカのやつらも、ハングリーだよ。金も、いろんなことが絡んでくるから。そのくらいのズルを考えてやっているんじゃないの? 日本もさあ、うまくわからないところで、毒霧をやるとかな(笑い)。

何が言いたいかって、日本人だって、ずる賢さは必要なんだよ。日本は国全体が真面目だしさ。犯罪だって、世界と比べると少ない。やっぱり、海外は危ないよ。そりゃあ、反則だって優れてるよ。

でもそれがお国柄だわな。例えば米国のプロレスに「柔よく剛を制す」って言葉は存在しないんだよ。「強い者は強い」「でかい者はでかい」。向こうでは、フランダースの犬って称賛されないんだよね。最後、死んでしまうから。「負け犬」って言われるんだよ。勝たないと、意味がないっていうかさ。

その国に合ったというかな。やっぱり、日本人が米国のプロレスをやろうとしても無理なんだよ。米国はみんな肌の色も違うし、みんな、ステロイドとか使ってんのかって思うくらい、でかいし(笑い)。いろんな人種がいて。あの華やかさは、日本人だけじゃ、絶対作れない。

俺は向こうで一番小さかったけど、動けたし、きめ細かいレスリングが出来たから評価された。出来っこないことを追い求めるよりも、日本は日本のやり方で戦うことが大事。多分サッカーもそうだと思う。小手先の器用さは日本人の方が絶対うまいよ。器用だから、反則も上手に出来るんじゃないの?

それに米国人はあまり練習しなかった。無駄なことは、一切やらないみたいな。日本人は真面目だから「こいつらより倍は努力してる」っていうのがあるじゃん。それが自信とかにもつながっていくと思うんだよ。そういう根性論とか、大和魂とか、日本人らしさみたいなことも、大事になることがあるんじゃないかな。

日本はドイツと戦うんだっけ? ドイツは強いよ。向こうに試合で行ったことあるけど、ドイツ人、ゲルマン民族すげぇでけえから。ドイツ人と言えば、蝶野の奥さん。大きいしね。あ、蝶野の子どもなんて、日本一でかいよ。柔道やってて、蝶野より全然でかい。

俺たちはドイツ人みたいに、今からでかくなることなんて出来ない。勝つにはどうしたらいいかを考えるのが大事なんじゃない? 自分たちの魅力を最大限に発揮できるモノは何なのかって。

あとはスペインとどこ? スペインはちょっと、よく分からないから、毒霧だな。見えないようにこっそり…。バレちゃうか。でも強い相手なら、悪役になる覚悟は必要だよな。ひきょうなことでも何でも、自分たちのペースに持ち込むってのは大事だと思うんだよな。

俺は来年2月21日で現役を引退する。最後、いいものを見せたいと思う。日本代表にはその前に感動を与えてもらいたいね。反則すれすれでバレないようにな。今はビデオ何とかだっけ、反則を確認するんだろ? うまくやれよ。

ゴールを決めた時には、誰かLOVEポーズやってくれたらうれしいな。今の人たちは知らないか? でも、見ているから。日本代表、応援しているよ。イヤーッ!

◆武藤敬司(むとう・けいじ)1962年(昭37)12月23日、山梨県生まれ。84年に新日本プロレス入門。同年10月デビュー。同日入門の蝶野、橋本と「闘魂三銃士」と呼ばれた。その後、米NWAに参戦。化身の「グレート・ムタ」としても活躍。02年に全日本に正式に入団。11年まで社長を務めた。13年に「WRESTLE-1」を旗揚げ。20年4月からフリー。21年2月、ノアに正式入団。188センチ、110キロ。