ラグビーW杯にJとは違う華やかさ/村井満コラム

<コラム・無手勝流 村井満>

ビジネス界出身ながら世界水準のリーグを目指して3期6年目の村井満チェアマン(60)が、日刊スポーツで執筆中のコラム「無手勝流(むてかつりゅう)」。今回は日本列島を熱狂させているラグビーについてです。開幕戦を含めW杯を2試合観戦したサッカー界のチェアマンが感じる、ラグビーの奥深さや魅力とは何か。

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ラグビーW杯を大いに楽しんでいます。強豪相手の4連勝で初の8強入りという快進撃は、日本中を湧かせてくれています。実は私とラグビーは隣同士の関係でした。高校時代、サッカー部とラグビー部はグランドを半分ずつ分け合って練習をしていました。ですから卒業して40年以上たった今でもラグビー部から飲みの誘いが入ります。大学時代は早明・早慶ラグビーが隆盛を極めていましたので、早大ラグビー蹴球部の第二部歌「荒ぶる」は今でもそらんじています。そう言えば、私の前任の大東チェアマンは元ラグビー日本代表でもあります。

機会を得て、開幕戦の日本-ロシア戦(東京スタジアム)と優勝候補のニュージーランド-南アフリカ戦(横浜国際総合競技場)を観戦することができました。両会場ともJリーグではなじみのスタジアムですが、LED照明の照度を上げているせいか別世界のような華やかさを感じました。観客席ではウエーブが起こり、ビールを背にした売り子さんの数はサッカーとは比較にならない程でした。

競技としてのおおらかさも感じました。サッカーの場合、ベンチのメディカルスタッフは主審の許可がないとピッチには入れませんが、ラグビーでは、選手がけがをしたと見るやチームドクターは自身の判断でフィールドに入ります。まるでレフェリーが「審判では細かなところまで見切れないから、皆さん、けが人が出たら協力してくださいね」とでも言っているかのようです。ご存じのようにナショナルチームの考え方も大きく異なり、多様性を許容しています。国籍よりも地縁を大切にしているのでしょう。サッカーのVARにあたるTMO(テレビジョンマッチオフィシャル)もずいぶん様子が違うように感じました。日本-ロシア戦では、微妙なトライをめぐって、レフェリーも私たち観客と同じ大型ビジョンの映像を眺めて判断を下していました。「さあ皆で判断しよう」とでも言っているかのように。

試合中、監督はベンチに入らず観客席から戦況を見守り、プレーの選択はキャプテンを中心に選手に任せているように見えます。もしかしたら、思うに任せぬ楕円(だえん)のボールと対峙(たいじ)するが故に「フィールド上の感覚が一番重要である」ということなのかもしれません。

W杯の熱狂を肌で実感したことで、サッカーとは兄弟のような関係でもあるラグビーがこの国でも発展してほしいという思いを強くしました。そうなれば、2つの競技の母国であるイングランドのような緑の芝生の球技場、練習場が日本中に数多くあることが当たり前になることでしょう。そんなピッチでJリーグのキックオフ前にもニュージーランドの「ハカ」のようなパフォーマンスを披露するクラブが現れたらすてきだし、いつの日か両日本代表がアベックで世界の頂点に立つことができたら、これほど素晴らしいことはないでしょう。