鈴鹿8時間耐久ロードレース

FIM世界耐久選手権シリーズ第3戦“コカ・コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース

1992

優勝:ワイン・ガードナー、ダリル・ビーティー(ホンダRVF750)

ガードナー・ビーティー組、史上最多周V

 ◇7月26日◇決勝◇三重・鈴鹿サーキット(一周5・86403キロ)◇出走60台◇晴れ、気温35・6度◇観衆13万5000人

 ホンダワークスのエースチーム、ワイン・ガードナー(32=豪)ダリル・ビーティー(21=豪)組(OKI・ホンダRVF750)が、伊藤真一、辻本聡組(TEAM HRC)とのデッドヒートの末、史上最多の208周で優勝した。8耐最後となったガードナーは、85、86、91年に次ぐ史上最多の4度目の優勝で有終の美を飾った。日本人初のポールを獲得した武石伸也、岩橋健一郎組(anチームブルーフォックス)は3位に終わった。

残り26分伊藤転倒で死闘にケリ

 残り35分を切った192周目になっても、トップのビーティーと2位伊藤との差は18秒しかなかった。193周目にはビーティーが燃料補給のためピットインし、差は一気に3秒にまで縮まった。ミラーに映るライトを見ながら必死で逃げるビーティー。追う伊藤。しかし、残り26分になった196周目のヘアピンが勝敗を分けた。伊藤が消火器の泡に滑って痛恨の転倒。白熱のバトルに終止符が打たれた。スタートから8時間後、ガードナー、ビーティー組は本命のプレッシャーをはねのけチェッカーを受けた。

 史上最多の4度の優勝を果たしたガードナーだが、世界GP開幕戦・日本GP(決勝3月29日)で左足を骨折、一時は引退発言まで飛び出すほど自信も目標も失っていた。しかし、スタッフの励ましで再起を決意、完全復帰を期すため、プレートを埋め込まず、自然治癒を選んだ。ドイツGP(決勝6月14日)で3位に入賞、そして骨折した因縁の鈴鹿。「年をとったし今年で(8耐は)終わり。スプリント(GP)の方に気持ちがあるから」という最後の8耐で見事復活を果たした。

 3年間コンビを組んできたマイケル・ドゥーハン(27=豪)が開幕直前になってケガで参戦を断念、ビーティーとは急造コンビだった。だが、ビーティーは21歳とは思えない落ち着いた走りで、スタミナとセッティングに悩むガードナーをバックアップした。若手とベテランの息の合ったチームワークが、ホンダに9勝目をもたらした。【飯田玄】


日本人初ポールポジションの武石組は3位

 10年ぶりの日本人コンビ優勝の夢は幻と消えた。6時間半経過時にはトップに1分以上の差をつけられていた伊藤、辻本組だったが、猛追を開始し残り30分には3秒差にまで迫っていた。しかし、その4分後、伊藤が転倒しカウルが壊れ、左ハンドルも折れてしまった。

 しかし、伊藤はあきらめなかった。マシンにまたがると右手運転でピットを目指す。しかし、残り3キロのスプーンカーブで無情にもエンジンはストップしてしまった。悔し涙を流して戻ってきたが、スタッフは健闘をたたえていた。

 日本人初のポールを獲得した武石、岩橋組はしぶとく3位で完走。「伊藤さんの転倒で、結果的に3位に入ったもの」と言う武石だが、2年ぶりの日本人ライダーの表彰台だった。

順位 車番 第1ライダー 第2ライダー メーカー マシン 周回数
11 ガードナー ビーティー RVF750 208
16 マギー マッケンジー YZF750 208
武石伸也 岩橋健一郎 RVF750 206
33 スペンサー 鶴田竜二 RVF750 204
12 青木正直 大阪賢治 GSX−R750 204
フィリス スライト ZXR750R 204
36 柳川明 沼田憲保 GSX−R750 204
123 北川圭一 クルークス ZXR750R 204
24 青木宣篤 青木拓磨 RVF750 203
10 18 ラッセル スティーブンス ZXR−7 202
H=ホンダ、Y=ヤマハ、S=スズキ、K=カワサキ。


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