「化けるんじゃないかと思っています」
今シーズンのJ3開幕当初に元日本代表の松井大輔が語った言葉。それが現実のものとなりつつある。
「化ける」と期待されたのはY.S.C.C横浜(YS横浜)福田翔生(しょう)、22歳。MF登録だがFWとしてプレーしている。
昨季まで所属したFC今治では3シーズンで33試合無得点。それが今季はリーグ6得点(第11節終了時点で2位)とブレーク中だ。
チームは直近6試合負けなし(3勝3分け)、その間に福田は5得点を記録する。新エースの台頭とともに、第8節まで最下位(20位)にいたチームは14位へと順位を上げている。
■繰り返しDFの背後突く動き
5月27日にホームのニッパツ三ツ沢球技場で行われたギラヴァンツ北九州戦。福田はこの日もチームの最前線に立っていた。
初夏の陽気にもかかわらず、黒の手袋を着けてプレー。左右色違いの蛍光色シューズも相まって、ピッチ上の姿は誰よりも目立っていた。
上背は173センチとサイズはないが、繰り返しDFの背後を突く鋭い動き、常にゴールに向かうアグレッシブさ。加えて守備でも果敢にボールを追い、全力でスライディングを見舞う。相手選手からにらまれながらも意に介さない。DFに終始ストレスを与え続けた。
ホーム待望の瞬間は、最後にやってきた。1-1で迎えた後半45分、縦パスに相手GKが果敢に飛び出し、エリア内でファウルを犯した。倒れた味方選手に脇目もふらず、福田は転がったボールを真っ先に抱え、ペナルティーマークにボールをセットした。
エースは俺だ-。そんな自覚に満ちあふれた行動だった。勝負を左右する大きな場面でゴール右へと正確なシュートを決めた。2-1の勝ち越し。プレーさながら躍動感あふれるジャンプで喜びを表現し、ゴール裏スタンドで沸くサポーターのもとへと走った。
これで終わらない。得点直後のキックオフで相手選手へと再び猛然とダッシュ。前方へ蹴り込もうとする選手に対し、スライディングタックルでキックをブロックした。終了のホイッスルが鳴るまで全力を尽くす。勝利がほぼ決した中で見せたこの気迫あふれるプレーこそ、福田の今を象徴するものと映った。
ピッチを下りれば気さくな素顔をのぞかせる。
「このチームを絶対に勝たせるという思いで、決める気しかなかったです。毎試合、1点にこだわってやっています」
穏やかな表情で決勝点の場面を振り返った。
■「プレーすべてが変わった」
東福岡高から2019年にFC今治に入団した。ネイマールが好きのドリブラー。もともとサイドハーフが持ち場だった。だが、3シーズンでノーゴールという結果に終わり、同じJ3のYS横浜へ移籍。ここで新たなセンスを見いだされた。
星川敬監督は「狭いエリアでは持ち味が生きない。もう少し自由を与えたかった」。
その機動性に目を付け、最前線へと配置転換。スピードを生かして裏抜けするFW像を思い描いた。編集したプレー動画を見せて動き方を細かく指導。特にクロスに入るタイミング、ポイントを徹底的に磨いた。
結果、背後を突く動きを収得し、クロスボールからのワンタッチゴールが3得点(うち2点がヘディング)。セルティックで大活躍する170センチの古橋亨梧のようなゴール前への入りを見せる。また、本来の持ち味とするドリブル突破からも2得点するなど、ハイブリッド型へと進化の途上にある。
「プレーすべてが変わった。人間性、自分に何が足りないかも突き詰めて教えてくれる。監督のおかげです」
指導者の慧(けい)眼が1人の選手の人生を動かした。また、もう1つ見逃せないのが、コーチを兼任する松井の存在だ。福田が言う。
「大さんに出会えたことが大きいし、すごく影響を受けています。あの余裕とかセンスはすごい、自分にないものを持っているので、こういうのもあるんだなと勉強できる。めちゃくちゃいい背中を見て、やれています」
2010年ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会では日本代表の攻撃の軸となり、ベスト16入りに貢献した。その松井は福田をこう評した。
「気持ちの部分もそうですし、点を取るということをしっかり意識して、(プレーに)気持ちを込めている。まだまだこれからの選手なので、続けることが大事だと思います」
■「兄ちゃんがあっての自分」
福田にとって兄の存在が大きい。東福岡高で1学年上だった兄の福田湧矢はガンバ大阪に所属する攻撃的MF。高卒1年目でJ1開幕戦に先発起用されたほどだ。その兄が、向上心を刺激し続けている。
「兄ちゃんには数え切れないくらい支えてもらっています。兄ちゃんがあっての自分なので。いつも背中みながら、いつか一緒にJ1でプレーしたいです」
試合が終われば、電話を掛け合う仲良し。「褒めてくれるので、兄ちゃんに褒められるのが一番うれしい」。東福岡高時代は兄弟で全国選手権の舞台に立った。その目標をJリーグでも再びという思いは強い。
ちなみに今季登録されている「兄弟Jリーガー」は開幕時点で21組43人。60チームあるJクラブの所属選手1858人(開幕時)のうち、その割合は2%ほどしかいない。
■「おばあちゃんが買ってくれた」
そして気になっていた手袋。暑い中で着ける理由を尋ねると「おばあちゃんが買ってくれたものなので大事にしたい。また着けていると(映像で)見つけられやすいと思って」。これから暑くなるだけに「着けたいけど、ちょっと迷っています」と笑った。
家族思い。気迫あふれるピッチ上とは異なり、笑顔をたやさない誰にも優しい人柄が伝わった。
そんな福田の夢は「人を幸せにすること」。
ゴールを奪うことで、サポーターから「ありがとう」という言葉をもらえるのが、うれしくて仕方ない。
「自分は人を喜ばせることが好きなので、いろんな人を幸せにしたい」
ファンサービス、メディア対応も含め人当たりの良さが目に付く。「それがサッカー選手だと思います」。見られる立場だからこそ、その意識を忘れない。
YS横浜は60あるJクラブの中でも経営規模は小さく、現実的にはJ2への昇格を目指せるものではない。
それでも福田のような若手選手を育て上げ、選手の個人昇格したいという夢をクラブが後押しする。
「将来的にはもっと上のステージでできるし、お兄さんと同じJ1まで上げたい」と星川監督も話す。
かつて浦和レッズのエースだった福田正博に向け、サポーターは「ゲットゴ~ル、フクダ!」と歌った。その響きが三ツ沢のゴール裏にもこだまするのだろうか。
「いろんな人に支えられて今があります。チームでも仲間あっての自分だし、プレーの幅が広がっている。メンタル面も成長したと思います」
YS横浜というクラブとは水が合う。水を得た魚のように三ツ沢のピッチで躍動する福田。ギョッとさせるプレーで「出世魚」となるのか、目が離せない。【佐藤隆志】