今年の3月を境に、人々の生活スタイルは一変した。手洗い、うがい、手のアルコール消毒は、もはやルーティン。マスク姿は見慣れた風景の一部になった。

食事も外食を控えるようになった代わりに、テークアウトやデリバリーを利用する機会が増えた。今まで知らなかったお店や食事に触れ、お気に入りが増えた。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、できることを確実に続けていくうちに、当初は不慣れだったものに「価値」を見いだし、「日常」へとゆっくりと溶け込ませている。

「不慣れ」をプラスに-。Jリーグ中断という寂しい時間を、川崎フロンターレは「新たな楽しみの場」提供の契機にもなり得るととらえていた。5月23日から、オンラインイベント「オンライン フロンパーク」を実施中。各フロアごとに設置されたテーブルを自由に移動して会話できるウェブ会議システム「Remo」と「Zoom」を併用。等々力での試合日に設置される、川崎ゆかりのグルメなどが楽しめる場外のイベント会場「川崎フロンパーク」をオンライン世界で再現。800人まで参加可能なオンラインの世界に選手、クラブスタッフ、サポーター、地元企業などの人々が最大800人参加できる交流の場をつくりあげた。

10年連続で地域貢献度ナンバーワンに輝く川崎Fならではの「逆転の発想」が、アイデアの地層に大きく根を張る。井川宜之営業部長は「新型コロナウイルスが発生してからは、クラブも変化させないと生き残っていけない。新型コロナウイルスの前と同じようにスタジアムに来ていただいて応援していただければいいですけど、そうでない場合は変化をしないといけない。オンラインだと『三密』もない。集まっていただける楽しい場所を提供するのも、フロンターレの役割だと思っています」と説明した。満員のスタジアムどころか再開すらどうなるか分からない状況を憂うだけで終わらず、「サポーターに楽しんでいただける場所を作るきっかけにしないと」と思考を巡らせ、画期的な交流の場を実現させた。

クラブの好奇心は、これだけに収まらない。今度は食事のデリバリーにもチャレンジした。まずはオンラインフロンパーク内に武蔵小杉駅近くの「卯月寿司」のブースを設け、にぎりすしを20人前販売。オンライン上で注文を受けると、クラブスタッフやサポーター有志とともに、マスコットも配達員としてデリバリーするというサポーター歓喜の企画を実施。オンラインイベントに登場した選手たちの「すし買ってくださいね」の“呼び込み”もアシストとなり、あっという間に完売し、追加で8人前も握ったという。今後はスタジアムグルメもオンライン上で販売し、事務所前に停車させたキッチンカーでテークアウトする企画も計画している。

人件費、諸経費などを考えるとデリバリーを軌道に乗せるのは険しい道のりかもしれない。だが、チャレンジの理由は「ビジネス」だけではない。自らも「配達員」として奮闘する井川営業部長は、胸の内に秘めた思いの一端を明かした。

井川営業部長 オンラインフロンパークをやるにあたって、地元を救うものじゃないと意味がないと思っていました。川崎の人たちがあっての、フロンターレ。人気がない時から、商店街の皆さんには応援していただいていた。微々たることかもしれないですが、少しでも助けられるものじゃないといけないと思っています。

苦しい時こそ、誰かのために何ができるか-。自問自答を繰り返しながら、川崎Fは現実世界でもオンライン世界でも、川崎の「街」が一体となって、新型コロナウイルスの“攻撃”を封じながら「アフターコロナ」「ニューノーマル」における「クラブ」と「サポーター」の新たな共存スタイルを確立しようとしている。「面白い、ワクワクドキドキできるかが重要。フロンターレは試合ができなくても楽しみを提供してくれるって言ってもらえるところに、私たちクラブの存在意義があると思います」。中断中もたゆませることなく、固く強く思いを結び合ってきたサポーターとともに、7月4日のJ1再開を迎える。【浜本卓也】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サッカー現場発」)

◆浜本卓也(はまもと・たくや)1977年(昭52)、大阪府生まれ。03年入社。競馬、競輪担当から記者生活をスタート。静岡支局、サッカー、K-1、総合格闘技、ボクシングなどあれこれ渡り歩き、直近はプロ野球を担当。18年12月にサッカー担当に復帰した。