「三笘の1ミリ」。昨年行われたFIFAワールドカップ(W杯)カタール大会では、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)により、日本代表を救う奇跡のゴールが生まれた。正しい判定に技術の進歩はなくてはならないものになった。それでも、今年度の全国高校サッカー選手権で「人」の大切さを感じたシーンがあった。

4日の準々決勝、東山(京都)-日体大柏(千葉)戦。試合は0-0のまま、PK戦にもつれこんだ。先攻の日体大柏の4人目、MF相原大翔(3年)がボールへと向かった直後だった。主審が駆け寄り、自らの腕時計に視線を落とした。時刻は午後3時59分。しばらくすると、さいたま市内で午後4時を告げる時報、童謡「ふるさと」が流れ始めた。

「う~さ~ぎ、追~いし」のメロディーが終わるまで、相原と両チームのGKは主審とともに、落ち着いた様子で待っていた。時報が終わりPK戦が再開されると、相原はしっかりと決めきった。

後日、大会関係者に聞くと、審判側は午後4時に時報が流れることを把握。PK戦が始まる前までに、1度中断する可能性があることが両チームに伝えられていたという。だから、何が起こっているのかとソワソワしたスタンドをよそに、プレーヤーたちが集中力を切らすことはなかったのだ。

悲しいことに審判が話題に上がる時は、微妙な判定など“マイナスなシーン”で議論されることが多いように思う。その裏では、審判1人1人が当たり前のように事前の準備を続け、そして突発的な出来事に対して機転を利かせている。選手たちにとって一生に1度の試合。悔いのないプレーができるように陰で支える人がいることを、あらためて実感した。【磯綾乃】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サッカー現場発」