欧州王者バイエルン・ミュンヘンが揺れている。ハンス・ディーター・フリック監督(56)と、スポーツ・ディレクター(SD)のハサン・サリハミジッチ氏(44)の不仲が顕在化しているのだ。クラブのレジェンドで元ドイツ代表のローター・マテウス氏は独ビルト紙のコラムで「もはや2人は一緒には働けない」などと記している。

2人の意思疎通がうまくいっていないことはシーズン当初から言われてきた。だがここ数週間でより関係性が悪化したように思われる。フリック監督は同SDの選手編成を批判。欧州チャンピオンズリーグ(CL)を制した昨季よりもチーム力が低下していると示唆した。

実際、Bミュンヘンは今季欧州CL準々決勝第1戦で、昨季決勝を戦ったパリ・サンジェルマンにアウェーゴールを3点も奪われ、2-3で敗れた。首位に立つ国内リーグでも、残り6試合で2位ライプツィヒと勝ち点5差。決して安泰ではない。

2人の食い違いが最も顕著なのが、契約が今夏までのDFジェローム・ボアテングの処遇について。サリハミジッチSDは延長オファーをせず、ボアテングは今季限りで退団になることが濃厚だ。一方フリック監督はボアテングの残留を熱望。昨季CL優勝は、ボアテングとアラバのセンターバックコンビで守備を安定させたことによる部分が大きい。すでにアラバの今季終了後の退団が決まっており、フリック監督としては2人同時にいなくなる事態は避けたいところだ。

サッカーにおける監督とSDの関係は一見、野球の監督とジェネラルマネジャー(GM)の関係に近いように見える。例えば米大リーグではGMがチームの編成権を持っており、監督はGMがそろえてきた選手を使ってゲームプランを考える。

ただ大リーグのように編成担当者と監督の役割を完全に分けてしまうと、サッカーではうまくいかないことが多い。サッカーにおける編成は、より監督の好みを反映したものでなければ、指揮官のアイデアを実現できないからだ。

あえて極論を言うと、例えば野球のGMが10勝できる投手を獲得してくる場合、その投手が上投げだろうと、下投げだろうと、左右どちらだろうと、ちゃんと10勝してくれれば、現場からの文句は出にくい。

ところがサッカーではそうはいかない。その選手がチーム戦術の中で果たす役割がとても大きいからだ。同じ10得点できるストライカーでも、DF裏に抜けるタイプなのか、パスも出せる万能型なのか、高さのあるタイプか等々…、指揮官がどういうサッカーをするかによって、求められる選手像が変わってくる。だからサッカーのSDは普段から監督としっかりコミュニケーションを取り、そのサッカー観にマッチする選手を集めてくることが望ましいのだ。

とはいえ、すべてのクラブでそれができているかといわれると、そうではないことも多い。我々がJリーグクラブの新入団選手発表会見に取材にいき「ああ、この選手は監督の希望で獲得したんだな」とか「この選手はSDの主導で取ったから、監督の表情も微妙なんだな」とか、分かってしまうことも結構多い。そこが取材していておもしろいところではあるのだが。

フリック監督は23年6月までBミュンヘンと契約を結んでいる。だが、今夏の欧州選手権を最後に退任することが決まっているドイツ代表レーウ監督の後がまとしても名前が挙がっている。Bミュンヘンは監督とSDの対立をうまく解消できなければ、昨季6冠(ブンデスリーガ、ドイツ杯、欧州CL、ドイツスーパー杯、欧州スーパー杯、クラブW杯)を達成した優秀な指揮官を失う可能性がある。【千葉修宏】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「海外サッカーよもやま話」)