国際オリンピック委員会(IOC)の鶴の一声からわずか16日で東京から札幌に移されたマラソンと競歩。強引すぎる手法に、各界からは不満の声が漏れた。

IOCが強調した「アスリートファースト」を国内関係者は冷ややかに見る。「オリンピック(五輪)の華 札幌へ」と題し、3回の連載で移転騒動をひもとく。

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五輪代表のある選手は札幌変更案について思わず口にした。「何を今更」。そのまま東京で開催してほしかったという選手、関係者は多い。男子マラソン代表の中村匠吾(富士通)を指導する駒大の大八木弘明監督も「やるしかない」としながら「本当は東京でやりたかった」と本音を漏らす。

なぜなら日本には世界一の暑熱対策を進めてきたとの自負がある。国立スポーツ科学センターの人工気候室などで、室内温度を約33度、湿度70%の東京と似た環境にし、そこで運動。深部体温、汗成分、鼓膜温、血液の数値などを細かく分析。体がどう変化したかを個々に数値化。選手は課題を補えるよう工夫、努力を重ねた。情報は画像も含め他国に漏れないよう細心の注意を払い、マラソンと競歩で共有もしている。暑熱対策が無駄になることはないが、東京より涼しい札幌は、持久戦よりもスピードが求められ、戦略の見直しを強いられるのも事実だ。

そもそも、移転のきっかけとなったドーハでの世界選手権で棄権が目立ったのは、環境だけでなく、アフリカ勢らの暑さ対策が不十分だったことが一因との指摘もある。また関係者によると、国際陸連はレース当日の暑さ指数(WBGT)が一定(30度)以上だった場合は、中止の可能性もあるとしていたという。当日、国際陸連は30度を下回ったとして実施したが、日本陸連が独自計測した数値は、30度を超えていた。

この“強行開催”が招いた結末が移転だった。日本の関係者には「データが改訂されていたら、国際陸連の責任問題だ」と数字の信ぴょう性に疑問を呈す声もある。日本陸連の河野匡長距離・マラソンディレクターは「女子マラソンも6割が完走している方に目を向けるべき。環境に適応するのが選手の役目。(IOCは)助けてやったというのならば心外だ」。まだ、しこりは残る。【上田悠太】