フルマラソン8回目の山口衛里(えり、26=天満屋)が、驚異の好タイムで難コースの東京を制し、シドニー五輪代表へ大きく前進した。千葉真子(23=旭化成)のハイペースに合わせ前半から飛ばした山口は、14キロすぎから独走。35キロすぎまでは世界最高を上回るスピードで走り、2時間22分12秒でゴール。世界歴代6位、日本歴代2位となる大会記録で、メダル奪取の期待も膨らませた。

目前に迫る栄光のゴールテープ。山口の目だけには「シドニー」の4文字が確かに見えた。これでダイエットのために断っていた大好物の「あんこ」も食べられる。歓喜のフィニッシュ。涙でかすんだ視線の先に武富豊監督(45)の姿があった。迷う必要はない。ありったけの力で、二人三脚で歩んでくれた恩人の胸に飛び込んだ。号泣で言葉はない。自己ベストを5分24秒も縮める世界歴代6位の快挙。晩秋の西日が、涙でグシャグシャになった山口の顔を優しく照りつけた。

スピード練習を積んだ自分の走りに徹した。鈴木やエゴロワらとの駆け引き勝負では勝ち目はない。号砲一発、千葉がいきなり飛び出したのは好都合だった。「前半は楽に、勝負どころでなりふり構わず行け」。それだけ告げた武富監督は沿道に出ず、国立競技場の監督室でドッシリ構えた。「途中からは行けるところまで行ってしまえ、後悔するよりバテたらバテたでいいと自分のリズムで走りました」。千葉との一騎打ちも14キロでケリをつけた。

爆走は止まらない。折り返しで後続との差を確認した以外は、1度も後ろを振り向かない。26キロすぎに山口は勝利を確信する。「余裕があれば見られる」と語っていた左前方の東京タワーを、八ツ山橋で視界に入れた。「世界最高だ」の大声援が後押しする。9月以降の練習では未知の世界だった30キロ以後も「気力で走る」の執念で乗り切った。

95年夏の北海道が初マラソン。2位に入りながら、有森の劇的な復活Vに存在は消された。しかもスタート直後に転倒。その後のマラソン人生を暗示するようなデビューだった。冬には「油断すると1日2キロ増でぬいぐるみ状態になる」と言う太りやすい体質と、ムラっ気のある性格も災いする。「このままで終わったらオレは悔しい。納得するまでやって、それでダメならやめてもいい」。武富監督の言葉に目覚め、98年の北海道で初めて30分の壁を破りマラソン初優勝。甘いものを断ち今冬は4キロのダイエットに成功。短い距離を何本もこなす苦手な練習も「自分から練習に入れるようになった」と同監督も心の成長を認めた。

五輪キップ3枚のうち、1枚は市橋が既に獲得し残り2枚。現時点でその最有力候補に躍り出た。タイムを考えたとき、その可能性は限りなく高い。都内のホテルで行われた表彰式。関係者にあのゴールテープをもらい、満面に笑みを浮かべた。「どうしてもマラソンに挑戦したい」とダイエーを去り、武富監督の元に飛び込んで7年目。大輪の花を咲かせたシンデレラガールが、世界に向けてはばたく。 【渡辺佳彦】

 

■東京国際はタイムの出にくいコース

東京国際はゴール前の36~39キロに標高差30メートルの上りこう配があることもあり、タイムの出にくいコースといわれる。今まで最高だったのは87年カトリン・ドーレの2時間25分24秒で、山口は3分以上の更新となった。大阪国際の大会記録は99年リディア・シモンの2時間23分24秒、名古屋国際は98年高橋尚子の2時間25分48秒。

 

■山口好タイムで代表争いは激化

ただでさえ激しい女子マラソン代表争いのレベルは、山口が2時間22分台の好タイムを出したことで、さらに上がった。「外国人選手についていって最後に逆転、ではなく自分のペースを守って五輪チャンピオンを寄せ付けなかった。素晴らしい」。山口のゴールを見届けた直後、桜井孝次シドニー五輪強化特別委員長(63)は絶賛した。「残り2つの選考レースでは、このタイムが目標になるでしょう」とも付け加えた。

「世界一の選手層」を強烈にアピールする山口の走りは、日本の関係者を喜ばせた。そして残る2レースに出場するほかの有力候補に対し、確実にプレッシャーになったはず。大阪、名古屋は東京と比較して記録の出やすいコースといわれている。しかも山口の記録は、五輪チャンプのエゴロワ、ロバを破ってマークしたもの。マラソンという特殊な競技性から単純にタイムで比較するのは早計だが、残る2レースでは2時間21分台が求められる。

今年8月、五輪と並ぶビッグ大会の世界陸上でメダル(銀)を獲得したことで、市橋有里(22=住友VISA)が既に代表に内定した。2枚目は山口が強烈にアピールした。残りは実質1枚、と覚悟してほかの有力候補は臨むはず。大阪には山口のようなスピード型の弘山、宮崎に加え、有森、浅利のベテラン勢も出場予定。大阪か名古屋かは未定だが、日本記録保持者の高橋も控えている。

一段と激烈さを増すことになった女性たちのバトル。その結果選ばれた代表3人が、メダルを奪取する可能性も高くなる。