体育館内にはOGたちの活躍を知れる優勝旗が飾られている(撮影・平山連)
体育館内にはOGたちの活躍を知れる優勝旗が飾られている(撮影・平山連)

高校女子バレーボール部のうち3冠(インターハイ、国体、春高バレー)を達成したのは、歴代でわずか10校。そのうちの1校、東京・下北沢成徳高は2002年度に、04年アテネ五輪代表の大山加奈(36)、現代表主将の荒木絵里香(35=トヨタ車体)らを擁し、歴史に名を刻んだ。

ほかにも、12年ロンドン五輪で銅メダルの木村沙織(33)、荒木と同じく来夏の東京五輪代表入りを目指す黒後愛(22=東レ)、石川真佑(20=東レ)など数多くの代表選手を輩出している。

先輩たちの活躍に刺激を受け、毎年全国からスカウトされた精鋭が集まる。寝食を共にしながら練習に励むのは、新型コロナウイルスの影響で大会が中止となっても変わらない。うまくなりたい一心で打ち込む姿には、強い覚悟と部員同士で高め合う雰囲気が感じられる。

公式戦さながらの練習

劇場やライブハウス、古着屋が立ち並ぶ東京・下北沢。駅から北西に5分ほど歩くと、閑静な住宅街の一角に高校女子バレーボール界の名門私立校がある。

6月下旬に同校体育館を訪れた。コートから10メートルほど離れて見ていた同校教諭の小川良樹監督(64)は、練習が始まってもまったく口を出さない。終始じっと眺めている。各部員のコンディションやどんなことを意識しながら取り組んでいるか、じっくり観察しているようだった。

熱戦が続く下北沢成徳高バレーボール部の紅白戦(撮影・平山連)
熱戦が続く下北沢成徳高バレーボール部の紅白戦(撮影・平山連)

練習中の部員たちには一切の妥協がない。コートを縦横無尽に走ってレシーブする姿は、公式戦さながらの迫力だ。強烈なスパイクが放たれ、ボールが「ドスン!」と床をたたく音が響き渡る。紅白戦は手に汗握る接戦で、緊迫した展開が続いた。全国大会へと続く公式戦がなくなり意気消沈している部員の姿など、そこにはみじんもなかった。

3月ごろから部外者の立ち入りを禁じて自主隔離を行い、チーム練習のみで強化してきた。寮生活をしている部員を除き、自宅待機になった。

全国から26人が在籍

6月から分散登校が始まり、徐々に練習を再開してきた。しかし、感染リスクを懸念して他校へ足を運ぶ練習試合は控えている。それでも部員たちは高いモチベーションを維持したまま、練習を続けられている。一体なぜ気落ちせずに取り組めているのだろうか。

下北沢成徳高バレーボール部主将の谷島花虹さん(3年)(撮影・平山連)
下北沢成徳高バレーボール部主将の谷島花虹さん(3年)(撮影・平山連)

主将の谷島花虹さん(3年)に尋ねると、残る全国大会の春高バレー開催を信じて気持ちを1つにしているからだと説明した。

「普段は試合を重ねながら課題を見つけ、その都度に修正していきます。コロナで大会がないからといって、気が緩むのは違うのかなと思ってます」

代わりに練習機会が増えたことで、個人では筋力アップ、部全体としては連携強化になっている。

茨城県出身の谷島さんは、親元を離れ寮生活を送る1人だ。中学時代に関東大会まであと1歩のところで敗退したことを悔やみ、高校では日本一を目指したいと思った。そこへ小川監督から声をかけられ、名門校の門をたたいた。

主将を任され、今年に懸ける思いはひときわ強かった。卒業後も競技を続けるつもりだが「先のことよりも、今ここで何をすべきかを考えています」と話す。

同校バレーボール部は現在、1~3年生26人が在籍している。北海道から鹿児島県まで出身はさまざま。3年生は10人おり、高校日本一、さらには実業団や大学で競技を続け、日本代表入りを目指す人もいる。充実の練習に裏打ちされた「パワーバレー」が特徴。そんな名門で鍛えられ、将来は大きく飛躍したいと望む部員が大半だ。

春高予選開催を信じて練習に打ち込む下北沢成徳高バレーボール部エースの舟根綾菜さん(3年)(撮影・平山連)
春高予選開催を信じて練習に打ち込む下北沢成徳高バレーボール部エースの舟根綾菜さん(3年)(撮影・平山連)

北海道出身でエースの舟根綾菜さん(3年)も、そんな1人だ。

「いつか先輩たちみたいに全日本代表に入って活躍したいと思って成徳に入ったので、どんな時でも練習に身が入ります」

課題のディフェンス面やレシーブ強化に熱心だ。

自粛期間中に他校の部員と連絡を取ると「練習がなくて太った」「引退したみたい」と、モヤモヤを抱えたまま過ごす人もいた。舟根さんもインターハイ、国体中止で当初は落ち込んだ。「小川先生からも『公式戦ができたとしても1回かもしれない』と言われて、その1回に懸けようと思っています」と、今は気持ちを入れ替えている。

チームを引っ張る主将とエースの口ぶりからは、後ろ向きな発言はまったくなかった。練習ができるありがたみをかみしめ、この最中でも先を見据えて歩みを止めないという強い覚悟が表れていた。

叱咤激励型からの転換

「自主性」を育む指導スタイルが、前向きに取り組める要因となっている。練習を見ていても、部員同士で話し合う光景が随所に見受けられる。仲間を鼓舞し、互いを刺激し合う雰囲気だ。練習の中で高めようとの意識が部内で浸透している。早大卒業後に同校に赴任し、40年以上になる小川監督がきっぱりと言う。

下北沢成徳高教諭でバレーボール部の小川良樹監督(撮影・平山連)
下北沢成徳高教諭でバレーボール部の小川良樹監督(撮影・平山連)

「(練習を)やらされている選手は1人もいません。将来日の丸を背負って戦いたい、実業団で活躍したいと思っている選手たちにとって、ここは通過点に過ぎません」

小川監督は中学時代、友人に誘われるようにしてバレーボール部に入部。指導者はおらず、部員同士で練習メニューを組み立てた。それだけに有名監督から厳しく指導されているチームを見ると、うらやましく思った。自分も指導者になろう-。そう志した原体験であり、強い監督像への憧れも抱いた。

もともとバレーボール指導と言えば、激しい叱責(しっせき)が飛ぶ熱血型のイメージがある。1964年(昭39)東京オリンピック(五輪)で東洋の魔女と呼ばれた女子代表を金メダルへと導いた「鬼の大松(博文監督)」のように、小川監督自身も若い頃は「俺についてこい!」と選手を引っ張る姿を理想としていた。

早大在学中に先輩から紹介され、当時無名校だった成徳学園高(現在の下北沢成徳)のコーチになった。思い描いた指導者像にとらわれ、従来通りの叱咤(しった)激励型指導だったという。監督に就任しても、そのスタイルに変わりはない。選手の質に合わせ、モチベーションや体力と照らし合わせて練習するという考えはなかった。

だが、思うような結果が出ない。後発チームが先行するほかの強豪校と同じスパルタ指導をしたところで、その差が埋まることはなかった。悩み、試行錯誤を重ねた結果、選手が伸び伸びとプレーできる環境を第一にする指導への転換を図った。

「1番は選手の邪魔をしないこと。選手たちが集中し、うまくチームが回っているなら口出しするべきではない」

大山や荒木ら多くの逸材との出会いもあって、選手自らの変化を待つ指導ができるようになった。

18年前の大げんか

甘いと思われようが目先の勝利を優先するのではなく、自立できる選手の育成を心掛けた。高校時代に3冠を獲得した大山は、そんな小川監督の指導に感謝を惜しまない。

「私や(荒木)絵里香のほかに、下級生には(木村)沙織もいました。私たちのケガも心配だけど、結果を残さなくてはいけないと葛藤があったはずです」

大山が主将として臨んだ春高バレー東京予選決勝で敗れた翌日、荒木と大げんかになった。負けた翌日に落ち込んでいた大山は、チームメートと笑顔で話す荒木にいら立った。だが、話し合ううちに、どうチームを立て直すかお互い考えての行動だと知った。主軸2人の衝突を乗り越え、チームは結束した。東京第2代表でありながら勝ち進み、本大会優勝を果たした。

「小川先生も絵里香と私がけんかしていたのを知っていたはず。そばで見ていながら、どうチームが変わるか待ってくれたんじゃないかな」

成徳学園時代の大山加奈(2002年撮影)
成徳学園時代の大山加奈(2002年撮影)

18年前のことを思い出す大山は、自身も後進育成に携わったことで、あらめて恩師の懐の深さを感じている。子どもたちと接する時、いつも小川監督の顔が浮かぶ。自ら考えて課題を克服した高校3年間が、バレーボールをもっと好きにさせてくれた。

「(バレーボールには)仲間を思いやる気持ちを育むとか、いっぱい良い点があるんです」

秋の春高予選へ準備

部員の自主性を育む「待つ」指導を実践する名門校には、高校3年間を終えた後にもつながる学びが詰まっている。監督に怒られないかと消極的なプレーをしたり、仲間から嫌われないかと意見をためらったりする部員はいない。同校での経験を糧とし、飛躍するOGが多いのもそういう背景からであろう。

目下の目標は、例年秋に行われる春高バレーの予選だ。開催を信じて練習に余念がない。主将の谷島さんが言う。

「どうやって自分たちが成長できるか。ただ、それだけを考えています」

コロナ禍にあっても心はぶれない。並外れた覚悟と大きな野望を持った26人は、バレーボールがもっとうまくなるために考え抜き、1日1日を無駄にしないよう過ごしている。その積み重ねが未来へとつながる、そう信じて。【平山連】

ホワイトボードに書かれた「一流のチームになるために」やるべきこと(撮影・平山連)
ホワイトボードに書かれた「一流のチームになるために」やるべきこと(撮影・平山連)
校内合宿をする部員たちのために、夕食の支度をする保護者(撮影・平山連)
校内合宿をする部員たちのために、夕食の支度をする保護者(撮影・平山連)