私が現役時代、最も悩んだのは「柔軟性」だ。柔軟性といえば、スポーツをする上での基礎。ケガの予防や、しなやかな体の動きのためにとても大切な要素である。飛び込み競技でも、柔軟性を養うために、毎日の柔軟体操は欠かせないルーティンだ。始めたばかりの選手たちは、この柔軟体操で挫折してしまうケースもよくある。

しかし、体が硬いことだけが柔軟性の悩みではない。私にとっては「柔軟性がありすぎる事」が悩みの種だった。生まれながらにして体が柔らかく、足は180度開き、ブリッジでは手と足が余裕でくっついていた。隣で泣いているチームメートをよそに、柔軟しながら眠くなるほどだった。

それでは、なぜ悩んだのか。その理由は「柔らかすぎて、水の衝撃に耐えられないこと」だった。

飛び込み競技では、体にかかる衝撃が最大約1トンにもなる。そのため入水時には、しっかりと体を硬い棒のように締めておく必要がある。体が締まっていなければ、腰を反った状態のまま衝撃を受けてしまったり、水中に入った時の水の流れに負けてしまうのだ。さらに、関節も柔らかかったため、水中で肩関節や股関節が思わぬ方向へ取られて痛めてしまうことも多々あった。

それを防ぐためには、衝撃に勝てるだけの筋力と体幹を鍛えることが必要だった。しかし、まだ小学生だった私は、なかなか水の衝撃に耐えられるだけの筋肉をつけることができなかった。中学生になると、高難度の技や7.5mや10mでの種目も増えた。ハードな練習の日々に成長期も重なり、徐々に腰痛や肩の痛みに悩むようになった。

スポーツでは身体が柔らかいことが有利になると思っていたが、全てにおいて良いわけではないということを知った。柔らか過ぎることにより、ケガにつながることもあるのだ。

私のように体が柔らかすぎて悩んでいる選手は、まずは自分の身体をコントロール出来るだけの筋力づくりをする必要がある。

しかし、ただトレーニングをするだけでは大きな負荷や急な動きに体が対応できない。そこで大切なのが、「動きの中での筋力トレーニング」だ。

例えば、飛び込み競技で言えば「腰を反った状態からまっすぐに戻す」というトレーニングがある。これは壁に足をつけて逆立ちの姿勢で行うトレーニングだが、特に腰を痛めやすい後ろ入水の時に役立つ。入水ラインで腰が反り過ぎてしまった時に、腹筋を使って正しいラインに修正させる動きだ。

この時に、どこの筋肉を使っているのか意識することも大切だ。腹筋には腹直筋、腹斜筋、腹横筋など、いくつもの種類がある。トレーニング時に、腹筋の中でもどの筋肉を使っているのかを意識することによって、さらに効果が期待できる。

そして体幹。どんな衝撃にも崩れない体幹を鍛えておくことは、どの競技においてもとても重要だ。すぐには効果が実感できないかもしれないが、毎日の積み重ねがケガの予防へとつながる。

かつては何もしなくても柔らかかった私の身体。しかし、今では無理に曲げると「いたたたた…」と声が出るほど硬くなってしまった。柔軟性は、毎日の「習慣」にすれば年齢に関係なく柔らかくなる。分かっていながらも、引退してからは「習慣」の難しさを感じている。これからは、硬くて痛めてしまう前に、柔軟体操やストレッチでケガの予防をしていきたい。

(中川真依=北京、ロンドン五輪飛び込み代表)