日本学生対校陸上、男子100メートル決勝を終えてタイムを確認する関学大・多田修平(2018年9月8日撮影)
日本学生対校陸上、男子100メートル決勝を終えてタイムを確認する関学大・多田修平(2018年9月8日撮影)

米シリコンバレーには「Fail fast(早く失敗しろ)」という格言がある。最先端の企業もトライ&エラーの試行錯誤の末に育ってきた。失敗の中に成功の気づきが詰まっている。

17年の世界選手権男子100メートル代表になり、初めて日の丸を背負った多田修平(22=関学大)は今季最高が10秒22。実質的な“2年目のジンクス”にぶち当たった。ただ、ある意味「早く失敗」して、よかったかもしれない。

17年は関西の速い選手から、日本のトップスプリンターへと飛躍した。追い風4・5メートルの参考記録ながら9秒94を出し、脚光を浴び、自己記録も10秒25から10秒07と成長。山県亮太(26=セイコー)、桐生祥秀(22=日本生命)らを抑え、世界選手権男子100メートルにも出場。日の丸1年生は400メートルリレーでも第1走者として銅メダル獲得に貢献した。序盤から小刻みなピッチで一気に加速し、逃げるレースで快走を演じていた。

日本代表を期待され、2年目となった今年。オフに課題である後半の失速の克服するため、変化を求めた。序盤はピッチを抑えて「ストライドで稼ぐ」と地面を強く蹴る意識を追求。最高速度の地点をやや後半へ持ってくる動きに着手した。

理にはかなっていただろう。今春の会見では「最低でも9秒台。安定して走りたい。マックスで9秒8台で走りたい」と口にした。ただ掲げる理想と反対に魅力は欠け、結果も伴わなくなった。蹴る意識を強めるあまり、序盤の加速は鈍り、足も無駄に後ろへ流れる癖もできてしまった。日本選手権は5位で取材エリアに姿を見せると、涙が止まらなかった。日本選手権、狂った歯車を戻すため、好調だった昨季のフォームを求めたが、最後まで修正できなかった。

日本学生対校選手権の男子100メートル決勝も10秒36(向かい風1・4メートル)の3位。会場も条件も異なるが、1年前の同大会より0秒29も遅い結果。「これが現状」と受け止めた。飛躍した昨季と、伸び悩んだ今季の心持ちの違いも口にした。「去年は試合が楽しみだった。今年は試合に行きたくないと思った。早くオフに入り、鍛え直したい」と語った。今季最終戦となった岡山カーニバルの決勝も10秒32(追い風0・6メートル)だった。

とはいえオリンピック(五輪)も世界選手権もないシーズンだったことは幸いとも言える。現状維持は退化。変化を恐れない。そう定説のように叫ばれるが、逆もまた然り-。一気の成長も、日々の積み重ねの我慢が下地にある。

変わらぬことも恐れない。逆説的だが、それを多田は「変わろう」とチャレンジして知った。そう考えれば、数字以上の価値を含む貴重な1年だったかもしれない。一発屋で終わるか、上積みを見せられるか。出直しのオフを経て、来季に多田の真価が問われる。【上田悠太】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆上田悠太(うえだ・ゆうた)1989年(平元)7月17日、千葉・市川市生まれ。明大を卒業後、14年入社。芸能、サッカー担当を経て、16年秋から陸上など五輪種目を担当。

ジャカルタ・アジア大会男子400メートルリレーで優勝し日の丸を肩に掛けて笑顔を見せる、左からケンブリッジ飛鳥、桐生祥秀、多田修平、山県亮太(2018年8月30日撮影)
ジャカルタ・アジア大会男子400メートルリレーで優勝し日の丸を肩に掛けて笑顔を見せる、左からケンブリッジ飛鳥、桐生祥秀、多田修平、山県亮太(2018年8月30日撮影)