柔道選手にとって、人生を左右する「運命の一瞬」を見た。全日本柔道連盟(全柔連)は29日までに、東京・講道館で強化委員会を開き、男女12人の東京オリンピック(五輪)代表を決めた。


東京五輪代表内定者を発表し、落選した選手を思い感極まる井上男子監督(左)。中央は金野強化委員長。右は増地女子監督(2020年2月27日撮影)
東京五輪代表内定者を発表し、落選した選手を思い感極まる井上男子監督(左)。中央は金野強化委員長。右は増地女子監督(2020年2月27日撮影)

強化委員会には、各社1人だけ入室出来た。記者は社名と入室順が書かれたIDカードを首からぶら下げ「○○(会社名)さん」と呼ばれた後、部屋に入った。終了するまで自由に入退室出来ないため、多くの記者が事前にトイレへ行っていた。新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、全柔連からの要請でマスクを着用し、入室時に両手のアルコール消毒もした。携帯電話やICレコーダー、PCなどのデジタル機器は持ち込めず、裁判傍聴のように記録は筆記のみ。指定エリアで立ちながら、強化委員会の様子や、出席者の発言などを約50分間ひたすらノートに書き込んだ。

進行手順としては、男女両監督らが、資料を用いて各階級の1番手と2番手の実績やその差などを説明し、代表選手を推薦した。その後、委員の質疑応答を受け、最終的には記名による投票で決議した。強化委員の出席者の3分の2以上が賛成すれば決定となった。ただし、公平性の観点から候補選手の現所属の指導者には投票権が与えられなかった。

男女全12選手が賛成多数だったが、男子60キロ級のみ反対票が投じられた。世界ランク1位の永山竜樹(了徳寺大職)と争っていた16年リオデジャネイロ五輪銅メダルの高藤直寿(パーク24)に「反対3票」(賛成25票)が入った。これまでの実績から「僅差」とみる委員もいて、「1番手と2番手の差をもっと具体的に教えてほしい」などの質問も飛んだ。全柔連が定める独自の国内ポイント制度では永山が上回っている点なども指摘されたが、最終的には「ここ一番の勝負」という点が評価基準になった。3年連続で世界選手権に同時派遣し、高藤が2度世界王者、永山は2年連続銅メダルで1度も優勝出来なかった。直接対決となった昨年11月のグランドスラム(GS)大阪大会決勝での勝利や、対外国勢の勝率や防御面でも永山を上回っているとして高藤を選出した。


東京五輪代表内定者を発表し落選した選手を思い感極まる井上男子監督(2020年2月27日撮影)
東京五輪代表内定者を発表し落選した選手を思い感極まる井上男子監督(2020年2月27日撮影)

男子73キロ級は、リオ五輪金メダルの大野将平(旭化成)に決まった。17年世界王者の橋本壮市(パーク24)と競っていたが、大野の賛成27票で満場一致だった。直接対決の勝敗や、過去2年間の国際柔道連盟(IJF)ランク上位18人との勝率を比べ、13勝5敗の橋本に対し、大野は14勝無敗。全ての数字で大野が上回っていた。

男子81キロ級は、海外で最後の代表選考会となったGSデュッセルドルフ大会(21~23日、ドイツ)で初戦敗退した永瀬貴規(旭化成)が、昨年7月から国際大会4連勝などを評価されて2大会連続代表入り。IJFランク上位18人との勝率でも、62・5%の18年世界選手権銀メダルの藤原崇太郎(日体大)を上回る80%だった。

男子100キロ超級は、GSパリ大会(8~9日)で五輪2連覇で10年間無敗のテディ・リネールを撃破した影浦心(日本中央競馬会)が落選した。2大会連続で代表入りしたリオ五輪銀メダルの原沢久喜(百五銀行)と比較し、「対外国人」を考えた上で1年間優勝なしが評価に響いた。「リネール1強時代」ではなく、18年世界王者のツシシビリ(ジョージア)や19年世界王者のクレパルク(チェコ)ら強豪との対戦成績なども加味した上で、総合的に判断して原沢となった。「GSパリのリネールであれば、原沢でも勝てた」という声もあった。

全柔連は、東京五輪での金メダル量産のため、「3段階」による早期内定制度を初導入した。代表選手の準備期間確保を重視し、今回が「2段階目」となった。各階級で「誰が五輪金メダルに一番近いか」と考え、さまざまなデータを用いて強化スタッフは何度も協議した。2段階目を終え、男子66キロ級を除く男女13階級の五輪代表が決まった。代表が決まれば、脱落者も決まる。それを考えると、強化スタッフは苦渋の決断となっただろう。選手層が厚く、世界ランク1位でも五輪代表に選ばれないのが日本柔道。強化委員会で毅然(きぜん)と対応していた男子代表の井上康生監督(41)は、その30分後の監督会見で「今はぎりぎりで落ちた選手の顔しか浮かばない…」とし、2、3番手選手の名前を1人1人挙げて男泣きした。柔道の聖地こと講道館で行われた強化委員会。選手にとって今後の柔道人生を大きく左右する「運命の50分」を見て、自然と胸が熱くなった。【峯岸佑樹】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)