卓球の全日本選手権で東京オリンピック(五輪)女子シングルス代表の石川佳純(27=全農)が5年ぶり5度目の優勝を果たし18日、一夜が明けた。同代表の伊藤美誠(20=スターツ)に1-3から逆転。フルゲームを制し、昨年まで4年間、2000年生まれの選手が優勝する中、ベテランの力を自ら示した。苦労の末に返り咲いた女王の座。思わずこぼれた涙の復活Vの余韻がまだ残る。

決勝の数十分前、石川が体育館のアリーナに表れた。隅っこの床に座り、何気なくセンターコートを見つめていた。頭の中で試合を想定したイメージトレーニングでもしているかのようだった。

石川のプロ意識には感服させられる時がある。19年、東京五輪の代表選考レースは過酷さを極めた。毎月のように国際大会に出続け、世界ランキングポイントを稼がなければならなかった。引っ切りなしに欧州と日本を往復し、自宅にはあまりいられない。

そんな中でも石川は合間を縫ってTリーグ出場を続けた。甲府市で地方大会が開催された時も出場していた。その時に聞いてみた。五輪選考レースに専念する考えはないのかと。

「やっぱり自分の試合を、チケットを買って見に来てくれることは単純にうれしいこと。ファンの方が待っててくれるから行きたいし、期待に応えたい。自分も元気をもらう。国際大会で負けた後に行くと、ファンの方が見に来てくださる。元気をもらう。(コロナ前は)有観客で直接声をかけてもらえる。Tリーグが始まる前は経験できなかったのですごくうれしかった」

五輪に出て金メダルを取ることだけが、プロスポーツ選手の役割ではない。ファンと直接触れ合い、元気や勇気を届ける。石川にはそんなスポーツの力を振りまく意識が備わっている。

表情が豊かなのも魅力の1つ。さわやかな佳純スマイルがトレードマークだが、いざ試合にはいると、眉間にしわを寄せた激しい形相で相手に向かうこともしばしば。コロナ禍でなければ、得点した際には男子の張本智和のように「チョレイ!」と発する。失点した直後は、「大丈夫」と自分に言い聞かせるように、首を何度も縦に振る。さまざまな顔を見せてくれるのは人気選手の条件でもある。

全日本決勝では8学年後輩の伊藤にも「胸を借りる」と無用なプライドは捨てて、挑戦者として挑んだ。伊藤や平野美宇らが卓球台に近づき前陣で繰り広げる高速卓球に対応するため、石川もバックハンドの強化に努めた。ゲームカウント1-3から3-3に追いつけたのは、その成果が如実に出た。

伊藤が決めに行く球で、体勢が崩されてもブロックなどで1度しのぎ、チャンスが来るのを待つ。そして焦れた伊藤がミスをする。伊藤に「本当に頭を使って、私より1歩上を行っている感覚があった」と言わせるほどだった。

最終ゲーム。9-5から9-9にされると「心臓が飛び出そうだった」というが「美誠ちゃんも緊張しているに違いない」と、思い切る勇気を手放さなかった。そして最後は石川の形で決める。「自分の形、フォアで決めたかった。9-9で思いっきりストレートに打った」。最後は11-9。大逆転の優勝を決めた。

無観客の静寂の中、日本最高選手の2人がぶつかり合う姿は、何か異空間を見ているようだった。それだけ迫力があった。無観客でもテレビやネットを通じて、スポーツの力が伝えられる。「どんな形でも東京五輪で試合がしてみたい」と話す石川。日本ではアスリートの声は決して大きくはないが、勇気を持って意思表明している。

彼女らが人生を懸けて目指してきた東京五輪の舞台。開催か中止かの「0か1」ではなく、無観客や外国人観客の入国見送りなど、開催できるオプションを早期に議論すべきだ。チケットの払い戻しになれば大会組織委員会は収入面で痛手だが、無観客でもスポーツの感動は伝わると、今回の卓球全日本選手権が教えてくれた。【三須一紀】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

1月17日、女子シングルス決勝で敗れ、タオルで顔を覆い肩を落とす伊藤美誠
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