豊中高校能勢分校で行われた第2回の卓球大会「翔晋杯」
豊中高校能勢分校で行われた第2回の卓球大会「翔晋杯」

大阪府最北端の町の人口は、10月末時点で9512人となった。

1年前からは207人の減少-。

そんなデータを見ながら、ふと、1人の青年の「その後」が気になった。

2020年秋、私は豊能郡能勢(のせ)町にある豊中高校能勢分校に向かった。町に鉄道路線はなく、大阪の中心地「梅田」からは電車とバスで約1時間半を要する。

過疎が深刻化する町に危機感を抱き、部員4人の卓球部が近隣中学生を招く手作りの大会を開催-。その名は「翔晋杯」だった。当時3年生だった2人、山本翔斗さん(19)、三宅晋平さん(18)の名前から名付けた。2年時まで唯一の部員として活動してきた山本さんは、こう言っていた。

「僕がいた小学校、中学校は、閉校になってしまいました。『帰る学校があってほしい』『能勢分校を残したい』というのは、自然と思っていました」

過疎地の分校が卓球大会で町おこし「この場所残す」

豊中高校能勢分校で行われた第2回の卓球大会「翔晋杯」でボールを打ち合う中学生
豊中高校能勢分校で行われた第2回の卓球大会「翔晋杯」でボールを打ち合う中学生

あれから1年がたった。2021年11月3日、第2回の「翔晋杯」が開かれた。分校の体育館を使い、2年生1人、1年生2人の部員が中心となり、近隣の中学生約40人を招いた。前回同様に卓球用品メーカーの「VICTAS」が無償で協力し、午前中は講習会。午後は交流試合を行った。

分校の課題の1つとして地元中学を卒業後、多くの生徒が町外の高校へ進む流れが挙げられる。大会は地元や近隣の中学生に分校の雰囲気を知ってもらい、進路選択に役立ててもらうことが目標となる。2年連続で参加した地元能勢中の卓球部、桜井颯太さん(3年)は「他校との交流試合の時間には積極的に声を掛け合い、自分もかけられた時はとてもうれしかった。講習は上達が目に見えてはっきりと分かった。『もっと早く聞いていれば良かった…』と思うことがたくさんあり、感心と後悔の複雑な感情でした」と貴重な時間に感謝していた。

そこに、卒業した山本さんの姿があった。

この春から新大阪駅近くの専門学校で医療やスポーツを学ぶ。毎日、新幹線が目に入る環境へと飛び出し、実感することがあった。

「『能勢のことを知っている人が少ないな』と正直に思います。『それって、大阪?』って言われます。『知名度を上げていきたい』というのは感じました」

1年前の翔晋杯開催後、近隣ではちょっとした話題になった。卓球部の赤のジャージーを着用し、町で唯一のショッピングセンター「ノセボックス」に立ち寄ったり、学校近くを走っていると「頑張れよ~」と声をかけられた。地元の認知度は上がったが、外に出て見えた世界は違った。だからこそ、OBながら当日は駐車場で誘導係を担った。

「大会が1度きりになったら…と思っていました。後輩で2年生の(沖沢)慎之介たちが頑張ってくれた。第3回、第4回と続けることで『能勢分校に入学したい』『卓球部に入りたい』という中学生が1人でも増えてほしいと思います」

第1回は分校の顧問として山本さんらと大会を作り上げた植木美里さん(31)は今、能勢中で体育の指導にあたる。能勢町には小学校、中学校、高校(分校)が各1校。小中学校は22年4月に「義務教育学校」へ移行を予定する。9年間を一体化して考え、中学1年、2年、3年生は、それぞれ7年、8年、9年生となる。縦と横のつながりが、より強まる新しい取り組みを前に、植木さんは言う。

「スポーツを通した地方創生を目指したいと思います。地域スポーツだけに頼るんじゃなく、学校教育、部活動の中でできることがあると思います。能勢町には卓球の地盤があり、何より人の温かさがある。スポーツで町おこしができたら、おもしろいですよね」

新型コロナウイルスの影響を考慮して規模の拡大を見送った翔晋杯は、今後、保護者や地域住民の来場も視野に入れる。能勢分校で作る蜂蜜や卵、野菜、ぶどう、栗…。グラウンドで特産物を販売すれば、さらに活気あるイベントとなるイメージがつく。小中高にパイプを持つことになる植木さんの原動力は、教え子の山本さんとの歩みにある。

「今年も手伝わせてもらった翔晋杯後のミーティングで『もっとおもしろいことできそうだね』という話になりました。初めて夢の高校体育教師になったのが能勢。初めてスポーツで感謝されたのが能勢。その子たちがいる町であり、育つ学校…。帰ってくる場所を残したい思いは強いです」

それぞれの目は、今年も輝いていた。【松本航】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

豊中高校能勢分校で行われた第2回の卓球大会「翔晋杯」
豊中高校能勢分校で行われた第2回の卓球大会「翔晋杯」
豊中高校能勢分校で行われた第2回の卓球大会「翔晋杯」のスタッフ。後列右が大会名の由来となった山本翔斗さん、同右から3人目が三宅晋平さん。前列右から2人目が植木美里さん
豊中高校能勢分校で行われた第2回の卓球大会「翔晋杯」のスタッフ。後列右が大会名の由来となった山本翔斗さん、同右から3人目が三宅晋平さん。前列右から2人目が植木美里さん

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大体大ではラグビー部に所属。13年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月からは五輪競技やラグビーを中心に取材。18年ピョンチャン(平昌)五輪ではフィギュアスケートとショートトラックを担当。19年はラグビーW杯日本大会、21年の東京五輪は札幌開催だったマラソンや競歩などを取材。