女子オムニアムで東京五輪銀メダルの梶原悠未(25=TEAM Yumi)がスイスからの帰国初戦で圧勝した。

表彰台には、フランスでの練習中の事故で27日に亡くなったトライアスロン女子の宮崎集(つどい)さんの写真とともに登壇。一緒に目指していた2年後のパリ五輪での金メダルへ、決意を新たにした。

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梶原が東京五輪以来、1年ぶりのベロドロームのバンクを亡き親友と駆け抜けた。「27日に亡くなった、宮崎集ちゃんに勝利をささげたいという思いでした」。オムニアム第2種目のテンポレースでは、中盤に周回遅れで大量得点を獲得。最後のポイントレースでは、2位以下とのポイント差を広げ、早々に優勝争いに決着をつけた。

昨年10月の世界選手権後からはスイスに拠点を置き、ロードレースに参加。今大会出場のため、帰国したのが7月26日。その翌日、トライアスロンの宮崎集さんの訃報を知った。筑波大時代の同級生で共に汗を流した間柄。表彰台の中央で、宮崎さんの写真を掲げた梶原は「パリ五輪では金メダルを目指します。今年の世界選手権で金メダルを獲得します。メダルを2つ、持ち帰りたいと思います」と、力強く誓いを立てた。

コロナ禍での単身スイス滞在。「人間力と持久力が成長した」と振り返る。個人戦のオムニアムとは違い、チーム戦のロードレースでは、特にコミュニケーションの重要性を実感したという。遠征のためにPCR検査を受け、体のケアや食事面なども自分で行った。「6年前に留学したときとは気候が変わっていて、気温も33度くらいに上がりました。寮にクーラーがなくて、寝不足みたいな感じでした」と苦笑いする。20年の世界女王は、厳しい環境に身を置くことで、五輪の金をたぐり寄せていく。

梶原が出場したこの日は、4日間で最も観客が入った。「五輪前よりも観客も集まってくれた。日本で自転車競技がメジャースポーツになるように。みなさんが楽しんでもらうレースをしたい」。家族、亡き友の思い、そして新たな自転車ファン。背負うものが増えるほど、梶原は背中を押されていく。【山本幸史】

◆梶原悠未(かじはら・ゆうみ)1997年(平9)4月10日生まれ、埼玉県出身。筑波大大学院修了。中学までは競泳選手。筑波大坂戸高から自転車を始め、20年世界選手権女子オムニアムで日本女子初の世界女王に。155センチ、56キロ。血液型O。

◆オムニアム スクラッチ、テンポレース、エリミネーション、ポイントレースの4つの中距離種目を行い、最終的な獲得ポイントで順位を決める。この日は日本を含め4カ国、計12人が出場。

○…競技歴1年弱の太田海也(23=日本競輪選手会)が、男子スプリントを制して、国際大会初優勝を飾った。前日のケイリンを制した中野慎詞とともに、今年1月に競輪選手としてデビューしたばかり。「連戦で、みんなが疲れてくれたから自分の実力が出せたと思う。やっとレースに慣れてきた」。伸びしろ大の新人が日本代表チームを脅かす。

○…2人1組で戦う男子マディソンは、窪木一茂・今村駿介組が圧倒的なスプリント力を見せつけ、2冠を達成した。1回を除き、ほぼすべてのポイント周回を先頭で得点を加算。窪木は「1度交代のミスはあったがそれ以外はすごくいい走りができた。10月の世界選手権(フランス)で上位、5位以内を狙っていい」と、手応えを口にした。

▽男子スプリント(1)太田海也(日本競輪選手会)(2)寺崎浩平(同)(3)山崎賢人(同)

▽女子ケイリン(1)李慧詩(香港)(2)梅川風子(日本競輪選手会)(3)佐藤水菜(同)

▽男子マディソン(1)窪木一茂・今村駿介組(2)橋本英也・児島直樹組(3)韓国

▽女子オムニアム(1)梶原悠未(25=TEAM Yumi)(2)内野艶和(日本競輪選手会)(3)リー・ジー・ウイング(香港)