<巨人2-0楽天>◇30日◇東京ドーム

 惜しい…。でも快挙に変わりはない。巨人杉内俊哉投手(31)が楽天1回戦で、史上75人目(86度目)のノーヒットノーランを達成した。9回2死までパーフェクトも、打者28人に1四球14奪三振の準完全だった。鹿児島実時代の98年、夏の甲子園(八戸工大一戦)でも1四球のみで達成。巨人では94年に完全試合を達成した槙原以来、18年ぶりの偉業だ。リーグトップの7勝目(1敗)をマーク。昨オフにソフトバンクからFA移籍した左腕が、東京ドームで輝きを放った。

 杉内の9分間、15球に誰もが固唾(かたず)をのんだ。楽天27人目の打者は代打中島。捕手阿部が間合いを取った。ささやいた。「何か言ってくれましたね。覚えてないんです。忘れちゃいました。怒られちゃいますね」。耳に入らなかった。阿部が戻って腰を落とした。杉内は決めた。三振で終える。力ずくではない。あえて「際どいところを狙おう」と決めた。

 午後7時52分。運命の勝負。初球、外寄り高めをファウル。乾いた唇をなめた。3球目、真ん中低めスライダー。見逃しでカウント1ボール2ストライク。左腕をぬらりと回した。「声援が聞こえて、興奮した」。それでも冷静だった。「外角チェンジアップを狙っているのは分かっていた。首を振って真っすぐ」。何度も対戦した楽天。左キラーの得意技を知っていた。普段は従順だが、ここで阿部のサインを2度、嫌った。

 直球でパーフェクト、のシナリオ。外角低めいっぱい、ボール。帽子を取って汗をぬぐった。「もう1球いってやろう」。全力投球。「人生で一番、力んだ」抜け球でフルカウントになった。6球目。内角低めのクロスファイアだった。中島のバットも、良川球審も動かない。一瞬の間を置いてボール。緊張が切れたファンのため息が包んだ。でも杉内は不敵に笑った。なぜか。「無責任な真ん中のボールよりも、しっかりコースを狙う。ヒットなら、際どいボールでいいやと思っていました」。午後7時56分。完全試合の偉業を逃しても、納得ずくだったから笑えた。

 「ノーヒットノーランが残っている。打たれても完封がある。何より勝つことが大事」。巨人軍の背番号18を背負うにふさわしい思考はぶれなかった。ファウルで粘られた聖沢への9球目。少しシュート回転した、どぎつい138キロ。インロー直球だった。今度は球審の手が上がった。こぶしを下に突いた午後8時1分。史上75人目のノーヒッターが生まれた。

 杉内

 非常に光栄です。うれしく思います。去年、同じ楽天戦。7回までノーヒットでした。でも2点取られて負けました。しかも勝てなかった田中のマー君相手に。出来過ぎです。

 記録に対し素直に喜んだ後、最後、結んだ言葉には実に重みがあった。

 杉内

 記録は今日だけ。毎回は出来ないし、明日になれば過去になる。貯金6つつくれていること。それが大きいし自信になる。いつも18番らしく、と思っています。

 信念は「水のようにあれ」。水は容器が変わっても、その形通りに流れていく。その日の調子に合わせ、臨機応変に適応する。「水が、僕の考え方とか、投球フォームに一番しっくりとくる。僕のイメージですけどね」。大河のごとくゆったりしたフォームと、大河のごとく深くて広い、巨人の18番を背負う決意。完全を逃しての笑顔。そこに杉内のすごみがある。【宮下敬至】

 ▼杉内は9回2死から四球を与え完全試合を逃した。9回2死から完全試合を逃したのは62年村田(国鉄)以来4人目。他に延長で西口(西武)が05年8月27日楽天戦で9回まで完全に抑えた例があるが(延長10回先頭打者の沖原に初安打許す)、過去はいずれも被安打で快挙をフイにしており、ノーヒットノーラン達成は杉内だけ。