シャンソン歌手で日本シャンソン協会会長の芦野宏(あしの・ひろし、本名羽鳥広=はとり・ひろし)さんが4日午前8時57分、間質性肺炎のため東京都中央区の聖路加国際病院で死去した。87歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で済ませた。後日お別れの会を開く。喪主は妻由希子(ゆきこ)さん。

 東京芸大声楽科を卒業後、1953年、NHKラジオ番組に出演しシャンソン歌手としてデビュー。歌や司会、ドラマ出演などラジオ、テレビで幅広く活躍した。NHK紅白歌合戦に55年から10年連続で出場、越路吹雪さんらとともにシャンソンブームをけん引した。ヒット曲に「ラ・メール」「ミラボー橋」「幸福を売る男」などがある。

 日本シャンソン協会の副会長としてシャンソン普及に尽力。前会長の石井好子さんが死去した2010年から会長を務めた。95年には群馬県渋川市に私財を投じて「日本シャンソン館」を建設。館長に就任し、若手歌手の指導にも力を注いだ。

 日仏友好の功績などにより90年に「パリ市ベルメイユ勲章」、04年にはフランスの芸術文化勲章「オフィシエ」が贈られた。

 90年紫綬褒章、96年勲四等旭日小綬章。著書に「パリの空の下」など。